Jun 21, 2025 column

黒人ルーツとデルタ・ブルース音楽の狂宴 スーパーナチュラル・ホラー『罪人たち』 (vol.68)

A A
SHARE

絶望の淵からのヴァンパイアの囁き (ネタバレあり)

鬼才ロバート・エガース監督の『ノスフェラトゥ』がアカデミー賞でも注目され、ヴァンパイア ( 吸血鬼 ) をテーマに秀逸な世界観を作り出して話題となった今年初め。『罪人たち』でも吸血鬼の存在は、物語の核となっている。映画の歴史を振り返ると、90年代の吸血鬼ブームは多くの秀作を生み、フランシス・フォード・コッポラ監督作『ドラキュラ』からはじまり、トム・クルーズ、ブラッド・ピット共演、アン・ライス原作の『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』などの名作映画から、メル・ブルックス監督のパロディ『レスリー・ニールセンのドラキュラ』、ヴァンパイア・スーパー・アクションの先駆者、ウェズリー・スナイプス主演の『ブレイド』、ジョン・カーペンター監督の西部劇風映画『ヴァンパイア/最後の聖戦』など、色とりどりの吸血鬼映画が映画ファンを喜ばせた。中でも最高級なのが、クエンティン・タランティーノ脚本、ロバート・ロドリゲス監督によるB級傑作『フロム・ダスク・ティル・ドーン』。若きジョージ・クルーニーのギラギラした眼差しの兄役には私を含む多くの女性が虜になり、クルーニー&タランティーノが兄弟というキャスティングの妙もたまらなかった。人質となった家族の父で元牧師を演じたのが名優ハーヴェイ・カイテルで、緊張感のあるクライムドラマとして綴られる前半のスリルは抜群。後半は、サルマ・ハエックのファム・ファタールなダンスで盛り上げられる人間の狂気、そして吸血鬼モンスターのホラー・スラッシャーの饗宴とこれでもかという奇想天外な展開で映画ファンを心から楽しませてくれて、今見直しても格別である。

この『罪人たち』に、そのエッセンスを見出した人は多い。結束の固い兄弟のサバイバル、一夜が明けるまでの決死の戦い、セックスと野望に溢れる多様な人間模様ほか、しまいには吸血鬼によって墓場が用意されているという構成は、映画ファンが比べずにはいられない類似点にあふれている。しかし、『罪人たち』の吸血鬼は世の終わりを見据える悪魔にもかかわらず、どこか人間味にあふれていて「招待されなければ入れない」という吸血鬼の掟に従っている。

この映画のヴァンパイアは、ただ単に人の血を吸って生き延びるだけでない。『罪人たち』で吸血鬼になるということは、自らの文化的アイデンティティを失い、個々から、大きな集団に属することを意味している。牧師の息子サミーは、父から、ブルースを歌うのは、悪魔とダンスをするようなものだと忠告される。いつか悪魔がついてくるぞと脅す理由の影には、アフリカ黒人の習性を捨て、自らのアイデンティティを無くすことで白人社会に従い、クリスチャンとして生きるサバイバルの道を示唆しているのである。

アイルランドの音楽愛好家バンドを装い、黒人たちのダンスホールに招かれようとするのが、ジャック・オコンネル演じる白人吸血鬼のレミック。1300年以上生き続けたレミックは元は英国に虐げられたアイルランド人だった。自らの虐げられた過去を明らかにすることで親近感を湧かせ、皆でヴァンパイアになって白人も黒人も不死身の理想郷を追うほうが差別社会で生きるより幸せじゃないかとアイリッシュギターで甘く囁いてくる。デルタ・ブルースを演奏しつづけるサミーの姿はある意味、レジスタンスの象徴で、自らのルーツと向き合って生きることの強さを物語っている。現在の米若者が称賛した映画、そしてその中の深いメッセージは、劇場体験する価値がある。

文 / 宮国訪香子

作品情報
映画『罪人たち』

双子の兄弟スモークとスタックは、一攫千金の夢を賭けて、当時禁じられていた酒や音楽をふるまうダンスホールを計画する。オープン初日の夜、多くが宴に熱狂する中、招かざる者たちの来客で事態は一変。歓喜は絶望にのみ込まれ、人知を超 えた者たちの狂乱が幕を開ける。果たして、夜明けまで生き残ることが出来るのか‥‥。

監督・脚本・製作:ライアン・クーグラー

出演:マイケル・B・ジョーダン、ヘイリー・スタインフェルド、マイルズ・ケイトン、ジャック・オコンネル、ウンミ・モサク、ジェイミー・ローソン、オマー・ベンソン・ミラー、デルロイ・リンドー

配給:ワーナー・ブラザース映画

© 2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema® is a registered trademark of Dolby Laboratories

公開中

公式サイト SINNERS-MOVIE.JP

宮国訪香子

L.A.在住映画ライター・プロデューサー
TVドキュメンタリー番組制作助手を経て渡米。 ニューヨーク大学大学院シネマ・スタディーズ修士課程卒業後、ロサンゼルスで映画エンタメTV番組制作、米独立系映画製作のコーディネーター、プロデューサー、日米宣伝チームのアドバイザー、現在は北米最大規模のアカデミー賞前哨戦、クリティクス・チョイス・アワードの米放送映画批評家協会会員。趣味は俳句とワインと山登り。