Jun 21, 2025 column

黒人ルーツとデルタ・ブルース音楽の狂宴 スーパーナチュラル・ホラー『罪人たち』 (vol.68)

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デルタ・ブルースの殿堂をシネマに

ブルース音楽を愛した故坂本龍一氏のインタビュー( 「もんじゅ君対談集 3.11で僕らは変わったか」 ) を読むと、音楽の大きなテーマとは、「もういなくなった誰かを懐かしむこと、そして悼むこと。ー中省略ー アフリカ人が強制的にアメリカに連れてこられて、故郷も家族も喪失したときに、ブルースが生まれたんです。」とある。

ライアン・クーグラー監督が初長編映画からコラボしつづけている作曲家ルドウィグ・ゴランソンは、スウェーデンに住んでいたころから、デルタ・ブルースを聴き慣れていた。それはゴランソンの父がギターのレッスンで生計を立てていたことに所以がある。父親は11歳からロックギター、そしてクラシックまで様々なスタイルを学び、尊敬していたローリング・ストーンズが、南部のデルタ・ブルースに影響を受けたことを知り、そのギター奏者たち、ハウリン・ウルフやバディ・ガイの音楽を聴き始めたのがきっかけ。50年代後半当時はアメリカでそれほど評価されていなかった黒人ブルース奏者たちがヨーロッパで評価され、父が最初にレコードを買ったのがジョン・リー・フッカー。そしてアルバート・キングのギター演奏に魅了されて、ヨーロッパを訪れたキングのライブをビデオで録画した父が、幼かったゴランソンにギター・レッスンで聴かせたことが、作曲家のクリエイティビティを高める未来に繋がったのだそうだ。

映画はフィクションだが、ブルース奏者のサミーの役は、伝説のブルース・シンガー、ロバート・ジョンソンの人生からもインスパイアされている。デルタ一帯の伝説では、ブルース・マンが月のない夜に十字路でまっていると、悪魔が現れてギターをチューニングしてくれるのだそうだ。ロバート・ジョンソンの「Me and The Devil Blues」では、俺と悪魔で並んで歩くと歌ったり、すばらしいギタリストになった理由は、彼が悪魔に魂を売り渡したからだという、ブルース好きにはたまらないエピソードがあるのだそうだ。

ライアン・クーグラーの叔父が愛した伝説のプレイヤー、バディ・ガイが映画の中でカメオ出演しているのも、この映画が正真正銘、南部の歴史にエールを送っている部分。現代にまで続く黒人差別、悲しみの傷跡、そしてブルース音楽という大きな遺産は、監督とゴランソン2人のクリエイティビティに華を咲かせ、映画がダイナミックに変貌していく軸となって展開していく。

ゴランソンが作曲した「I Lied to You」はドブロギターという、作曲家ゴランソンがこの映画のために探しあてた1932年製のレゾネーターギター(ボディ内に共鳴版を持つギター)を使っている。真ん中の丸い部分がメタルでできていて、指につけた器具でスライドさせて音を膨らませる(当時はアンプリファイアーがなかったため)ことができるこのギターはまさに、サミーというヒーローが持つべくギターで、アコースティックからエレクトリックギターと、ドラマのクライマックスに向けて持ち替えられていく点など、時代背景とスーパーナチュラルな世界観が合体していくところも見どころ。

そのこだわりは音楽だけではない。クリストファー・ノーランやドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が撮影に使用して定評のあるIMAX 70mmフィルムカメラとウルトラ・パナビジョンカメラの組み合わせで撮影されたこと。それは、映画館でしか鑑賞できない映画の鑑賞効果を最大限に活かすためで、世界の限られた場所にしかないという特別なIMAXシアターで観たいという観客のために、全米では公開から1ヶ月が経過した5月に再度、IMAXの70mm対応のシアターでリミテッド上映された。話題性はばっちりで、年内、とくにアカデミー賞レース前に再度IMAX上映されることが期待できそうである。