Apr 10, 2025 column

男性のメンタルヘルスを燻る『シンシン/SING SING』 (vol.65)

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A24が誇る親密かつ、挑発的なヒューマンドラマ

監督グレッグ・クウェダーは、おだやかそうな出立ちで、試写におとずれた記者たちと話をし、この映画に感動した観客と談義。『シンシン/SING SING』の企画に8年半かかった過程など、アカデミー賞にノミネートされたときには空港で思わず号泣してしまったと、話の端々に思いがこもっていた。監督の偉業は、脚色だけでなく、今まで一度も映画に主演したことがなかったという、シンシン刑務所の元RTAメンバー、クラレンス (本名で出演) のクリティクス・チョイス・ムービー・アワード などでの助演男優賞ノミネートが証明している。喪失感と友愛、役者たちを飛躍させる演出の一つとして、主要キャストの85%以上を、収監者更生プログラムである元RTAメンバーで構成。映画の収入も公平に分配するという、画期的なプロダクション。

ハリウッドのスタジオ映画の新鮮味が欠けるなかで、監督とそのパートナーであるクリント・ベントレーは近年、ETHOSというプロダクション会社を設立。先月のSXSW映画祭ほか、サンダンス、ユネスコ、国連などでパネルディスカッションに参加し、革新的で公平なファイナンス方法で、オリジナルの題材を開発していくことなど、若手監督たちをインスパイアしている。この2人が中心となったチームが制作した『ジョッキー』は日本でもAmazon Prime Videoなどで配信中で、インディペンデント秀作として評価が高い。去る1月のサンダンス映画祭で披露された『Train Dreams (原題) 』も、Netflixが権利を購入。

『シンシン/SING SING』の主人公を演じたコールマン・ドミンゴは、去年のアカデミー賞で『ラスティン ワシントンの「あの日」を作った男』(2023)で主演男優賞にノミネートされ、今年の第97回アカデミー賞でも『シンシン/SING SING』で2年連続主演男優賞にノミネートされるという偉業を果たしたホットな黒人俳優。もともと舞台俳優出身で、一人芝居で高い評価を得たり、映画やドラマにも多数出演したなかで、スパイク・リー監督の『Passing Strange (原題) 』(2009) で注目され、現在に至る。

監督が、コールマンの主演なしには、この映画はなりたたなかったというほど、短期間、かつ低予算で撮影されたこの映画をリードし、今まで以上に魅力のある演技を披露していて好感度大。コールマンが演じる主役ジョンの相棒マイク・マイク役を演じたのがラテン系俳優ショーン・サン・ホセ。彼はコールマン・ドミンゴのプロダクションのクリエイティブ・エグゼクティブも務めるほどのキーパーソン的存在。サンフランシスコをベースにした30年以上の彼の演劇活動も有名で、舞台演劇を通して、さまざまなジャンルを発掘してきた実力派は、まさに演劇愛好家集団をリードし、助演として力強い。この映画のために、アカデミー賞発表前に行われた披露試写に、あの女優ジェーン・フォンダまで駆けつけて応援するほどに、去年ノミネートされた映画の中でもとくに、観客から愛される作品だった。

文・撮影 / 宮国訪香子

作品情報
映画『シンシン/SING SING』

無実の罪で収監された男ディヴァインGは、刑務所内更生プログラムである“舞台演劇”グループに所属し、収監者仲間たちと日々演劇に取り組むことで僅かながらの生きる希望をそこに見出していた。そんなある日、刑務所いちの悪人として恐れられている男クラレンス・マクリン通称“ディヴァイン・アイ“が演劇グループに参加することになる。更には次に控える新たな演目に向けての準備が始まり‥‥。

監督:グレッグ・クウェダー 

出演:コールマン・ドミンゴ、クラレンス・マクリン、ショーン・サン・ホセ、ポール・レイシー

配給:ギャガ 

© 2023 DIVINE FILM, LLC. All rights reserved.

2025年4月11日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開

公式サイト:gaga.ne.jp/singsing

宮国訪香子

L.A.在住映画ライター・プロデューサー
TVドキュメンタリー番組制作助手を経て渡米。 ニューヨーク大学大学院シネマ・スタディーズ修士課程卒業後、ロサンゼルスで映画エンタメTV番組制作、米独立系映画製作のコーディネーター、プロデューサー、日米宣伝チームのアドバイザー、現在は北米最大規模のアカデミー賞前哨戦、クリティクス・チョイス・アワードの米放送映画批評家協会会員。趣味は俳句とワインと山登り。