Jan 22, 2025 column

オスカーノミネーションに入るのか? 若きトランプをヒューマンに描く『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』(vol.61)

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主演助演俳優の力強い演技

去る1月5日 (現地時間) に行われたゴールデングローブ賞のミュージカル・コメディ部門で映画『A Different Man (原題) 』で主演男優賞を受賞した俳優セバスチャン・スタン。同ドラマ部門主演男優賞でもエイドリアン・ブロディ(受賞)、レイフ・ファインズ、ダニエル・クレイグ、ティモシー・シャラメ、コールマン・ドミンゴとともに、この映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』でノミネートされている。

セバスチャン・スタン演じる若きドナルドは、ハンサムで好感度抜群。しかし、不動産業を営むワンマンな父フレッドの会社が政府に訴えられ、破産寸前の家業打開策に頭を悩ませていた。ドナルドは5人兄弟の4番目。大学を卒業し、20代で家業に関わるものの、トランプ建設会社2代目という枠から脱却すべく、父にローンを組ませ、70年代のニューヨークで約24000世帯の家屋とアパート経営を営んでいた。1973年に黒人にアパートを貸さない主義で、ニューヨーク市の裁判所から人種差別で司法省に訴えられ、右往左往するドナルド。厳格な父からも責められて窮地に陥っていたドナルドは、NYCの大物が集まるバーに一人で参入。政財界が最も恐れる弁護士ロイ・コーンに近づいていくのである。

ロイ・コーンとは、近年話題になった大統領の弁護士マイケル・コーエンとは違う。1950年代、共和党のジョセフ・マッカーシーによって行われた赤狩り、いわゆるマッカーシズムを推進して、多数の政治家や学者、映画関係者などを告発したときのチーフ・カウンセルで弁護士だった人間。1950年代はじめにジュリアス、エセル・ローゼンバーグ夫妻を電気椅子処刑へ導いた人物である。

70年代は、政治家の汚職を消し去るフィクサーとして悪名高く、若きドナルドには手の届かないところにいた。しかし、自身に近づいてきた純真なドナルドに興味を持ったロイ・コーンは、自らの因循姑息な技をドナルドに伝授。アプレンティス、まさにコーンの見習いとなったドナルドは、攻撃されたら戦い返す。自らの非を絶対に認めず、謝らず、刺激的な嘘やデマを発信して、人々の考え方に影響を与えようとする扇動者的サバイバル術を身につけた。ドナルドは次第に自己主義者として変貌し、愛していた人たちをも裏切っていくのである。

ロイ・コーン役を演じたのが人気TVシリーズ、「メディア王~華麗なる一族~」で億万長者ロイ家の次男ケンダル・ロイの役を演じたジェレミー・ストロング。エミー賞など数々の賞を受賞しているストロングは、今作でも、ゴールデングローブ助演男優賞にノミネートされていた。惜しくも受賞は逃したものの、この映画の米配給先がなかなか決まらなかったことなどにコメントし、米観客がこの映画をどう受け止めていいかわからなかった状況を打開できるかもしれないと、喜びを語っていた。

最後に、70年代のドナルドを描くには、彼の最初の妻イヴァナ・トランプを描かずには始まらない。美しくて活動的なイヴァナを演じたのが、サシャ・バロン・コーエンのモキュメンタリー『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』で、元NY市長のジュリアーニを誘惑する娘役を演じ、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされたブルガリア出身女優マリア・ヴァカローヴァ。彼女の女優としての道のりはある意味、イヴァナの精力的な人生ともよく似ている。イヴァナはプロ並みにスキーがうまく、ニューヨークではモデルとして活躍。最初は結婚に興味がなかったが、ドナルドと出会ってからはトランプ企業、そしてプラザホテル経営のキーストーン的存在で、多くの企業 (関係者) からも愛された存在。映画の中でのイヴァナの描かれ方はドナルドと離婚した裁判所の公的書類に基づいて描かれていて、アッバシ監督が、過去の女性軽視、わいせつ発言、性的暴行疑惑などにも目をそらしていないところが見どころである。

大統領選前にカンヌで公開されたこの映画に関して、当時のトランプ大統領候補は、弁護士を通じてプロデューサーに抗議文を送った。政治的利益のために創作された伝記映画と、映画を見ずに批判。自らのインスタでもかなり不満を示し、この映画の何かが彼を苛立たせる内容を含んでいたようだ。ある時期の賢明な主人公ドナルドを描いているこの映画。今後4年間でアメリカ、そして世界がどう変わっていくのか、この映画に学ぶものは大きい。

文 / 宮国訪香子

映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』

20代のドナルド・トランプは危機に瀕していた。不動産業を営む父の会社が政府に訴えられ、破産寸前まで追い込まれていたのだ。そんな中、トランプは政財界の実力者が集まる高級クラブで、悪名高き辣腕弁護士ロイ・コーンと出会う。大統領をはじめとする大物顧客を抱え、勝つためには人の道に外れた手段を平気で選び法さえ無視する冷酷な男だ。そんなコーンがまだ駆け出しでナイーブな“お坊ちゃん”だったトランプを気に入り「勝つための3つのルール」を伝授し服装から生き方まで洗練された人物へと仕立てていく。

監督:アリ・アッバシ 

出演:セバスチャン・スタン、ジェレミー・ストロング 、マリア・バカローヴァ、マーティン・ドノヴァン

配給:キノフィルムズ

© 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

公開中

公式サイト trump-movie

宮国訪香子

L.A.在住映画ライター・プロデューサー
TVドキュメンタリー番組制作助手を経て渡米。 ニューヨーク大学大学院シネマ・スタディーズ修士課程卒業後、ロサンゼルスで映画エンタメTV番組制作、米独立系映画製作のコーディネーター、プロデューサー、日米宣伝チームのアドバイザー、現在は北米最大規模のアカデミー賞前哨戦、クリティクス・チョイス・アワードの米放送映画批評家協会会員。趣味は俳句とワインと山登り。