Feb 25, 2022 column

第6回:第94回アカデミー賞ノミネート作品【 2. 脚色賞に選ばれた映画『ドライブ・マイ・カー』他作品とその原作へのこだわり】

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女性監督三人が選んだ原作とその見事な映画化の証

今年のトップ12部門にノミネートされている『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は巨匠ジェーン・カンピオン監督の力作で、原作は1920年代のモンタナ州南西部を舞台に書かれたトーマス・サヴェージの同名小説。エリート・カウボーイの兄弟を中心としたサスペンスあふれるサイコスリラーの映像美はネットフリックスの配信だけでなく、劇場で観てみたい作品である。主役のベネディクト・カンバーバッチ含め、主要な配役は全員ノミネートされていて、登場人物の苦悩はそれぞれ見事に演じられている。映画『ブロークバック・マウンテン』でも反響のあった、同性愛が禁じられていた時代のカウボーイの話で、主人公の性を阻む心痛は、自らの不幸せの牙を磨き、弱いものをいじめて追い詰めていく。怯える獲物を射止める犬のパワーを誇示する姿に、自らを酔わせる中で、意外なラストが待ち受けているのである。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(Netflix)

同じくネットフリックスで鑑賞できる『ロスト・ドーター』の原作は日本では「リラとわたし」などの翻訳本でも知られているイタリア匿名作家エレナ・フェッランテの同名の短編小説。フェッランテは身元を明かさない謎の女性作家だが、小説「ナポリの物語」シリーズは、元米大統領候補のヒラリー・クリントンが読んだら辞められないとまで語ったほどで、アメリカではミリオンセラー。才女たちの暮らしにくい世情を描いてフェッランテ・フィーバーまで巻き起こした人気作家である。「ロスト・ドーター」を読んだ女優のマギー・ギレンホールは、今まで、こんな本を読んだことがなかったと、母という立場で苦悩した女性の世界観を自らの監督デビュー作に選んだのである。舞台は子育てから開放されて大学教授の生活にもどり、一人だけのホリデイを過ごすイタリアの浜辺。過去に翻弄される主人公を女優オリヴィア・コールマン、主人公の子育て期を演じた女優ジェシー・バックリーの両者とも主演、助演女優賞でノミネートされている。

映画『ロスト・ドーター』の脚本と原作本

最後の一作はシアン・ヘダー監督の『Coda コーダ あいのうた』。このコラムの第3回「2022サンダンス映画祭の白羽の矢」で詳しく触れているが、原作は本ではなく、フランス映画の『エール!』。『ドライブ・マイ・カー』と同様に、言葉が聞こえなくても意志の疎通を可能にした、聴覚障害のある登場人物たちの演技も見事で、男優トロイ・コッツァーが助演男優賞にノミネートされている。今年、必見の脚色賞ノミネート作品とその原作になった本など、比較してみるのもおもしろい。

文・写真 / 宮国訪香子
※写真はクレジットなしのもののみ

作品情報
映画『ドライブ・マイ・カー』

俳優であり演出家の家福は、愛する妻と満ち足りた日々を送っていた。しかし、妻は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう。2年後、演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去をもつ寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。行き場のない喪失を抱えて生きる家福は、みさきと過ごすなかであることに気づかされていく。

監督・脚本:濱口竜介

原作:村上春樹 「ドライブ・マイ・カー」 (短編小説集「女のいない男たち」所収/文春文庫刊)

出演:西島秀俊、三浦透子、霧島れいか/岡田将生

配給:ビターズ・エンド

©2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

公開中

公式サイト dmc.bitters.co.jp

宮国訪香子

L.A.在住映画ライター・プロデューサー
TVドキュメンタリー番組制作助手を経て渡米。 ニューヨーク大学大学院シネマ・スタディーズ修士課程卒業後、ロサンゼルスで映画エンタメTV番組制作、米独立系映画製作のコーディネーター、プロデューサー、日米宣伝チームのアドバイザー、現在は北米最大規模のアカデミー賞前哨戦、クリティクス・チョイス・アワードの米放送映画批評家協会会員。趣味は俳句とワインと山登り。