毎年ハロウィン前に開催されるジャンル映画祭Beyond Fest (ビヨンドフェスト)。今年12回目を迎える映画祭は、参加率の高い映画祭としてロサンゼルスで人気があり、もともとホラーやSFスリラー映画のジャンルを楽しむ映画ファンが、観客みんなで絶叫しながら映画を楽しむ。日によってはホラー映画2本立てなど、ストリーミング時代に、イベント感覚で映画鑑賞を楽しむホラーファンが大勢いる。アメリカン・シネマテークという名画座を中心に行われた今年の映画祭。私が参加した日は13日の金曜日。大勢の若者たちがジェイソン(映画『13日の金曜日』の怪物)のTシャツを着て現れるなど、暗黙の了解でクラシックのホラー映画を讃えるファンが劇場に溢れていた。そんななか、1時間以上も並ぶほどの期待作だったのが映画『The Substance (原題) 』。現在、アカデミー賞前哨戦の候補映画として全米で大反響。仏女性監督が描くボディ・ホラー映画の何がすごいのか。日本公開が来年5月に決定したそうなので、このコラムでいち早くその話題をご紹介。
“Being a woman is body horror” 仏女性監督コラリー・ファルジャの革命的視点
フランス映画監督コラリー・ファルジャの名前が浮上したのは、2017年のトロント国際映画祭。「ミッドナイトマッドネス」部門で気絶者まで続出したという仏映画『REBENGE リベンジ』を見た人なら、血みどろの復讐の女神を演じた女優マチルダ・ルッツのことも忘れられないはずである。そして2024年、カンヌ映画祭で脚本賞受賞し、トロント国際映画祭「ミッドナイトマッドネス」部門の観客賞を受賞した映画が『The Substance (原題) 』。主人公エリザベス・スパークルを演じた現在61歳の女優デミ・ムーアの体当たり演技は批評家や観客からもアカデミー賞前哨戦の主演女優賞が囁かれる。配給会社Mubiは劇場公開ヒットの勢いにのって、ハロウィンの10月31日にMubi独自のストリーミングサービスで配信スタート。社運をかけてこの映画を盛り上げている。
今月24日(LA現地時間)には、コラリー・ファルジャ監督やキャストのヴァーチャル記者会見が行われ、監督はインスピレーションを得た作品としてジョン・カーペンターのスラッシャー映画や、デヴィッド・クローネンバーグのボディ・ホラー『ザ・フライ』を挙げていた。ボディ・ホラーとは、体の変形や損傷などの強烈なビジュアルで、生身の主人公が身体に対する恐怖を表現する映画のジャンルのこと。コラリー監督にとっては自らの映画言語はビジュアルとサウンドで、頭に描かれた映像をどう脚本に反映して撮影するかが勝負だったという。ネタバレなしに簡単にそのビジュアルを説明すると、人間が生まれるときに身体がどう変化し、遺伝子変異がどのように行われるのか、が表現される。
撮影が100日以上かかった理由はキャストの撮影が終わったあと、監督を含めた5人の小人数スタッフが、実験室のような個室で一つ一つ丁寧に巨大な人工肢体を撮影。プロステテイック、ここでは特殊メイクだけでなく、人工の背中や臀部、足や手、胸、腕など、女性の体をハイパーリアルに美しく、ある時は驚異的に映し出していくなど、人体の変形が入念にリアルに映像化されていった。主人公の欲望がもう一人の自分として復活していくシーンなど、スタッフ一同が子供のように生物実験をするかのようだったと撮影中の裏話に監督も満面の笑顔。ハリウッドを舞台にしたのはあくまでもシンボルで、男性のレンズで女性の美しさの基準が作られているのは世界共通の問題。自らの考えにセンサーシップをかけず、監督自身が心から映像にしたかったテーマを追い求めた過激かつ真摯な結果がこの映画。観客が劇場で一体となって共感してくれたことは、まさに私がシネマを愛する理由ですと熱っぽく語っていた。