英国スパイ小説好きな人はハマっているはずのドラマシリーズAppleTV+ 「窓際のスパイ」。シリーズ毎にじわじわと好評を博し、昨年末に公開されたシーズン3は主演、助演男優賞を含む今年のエミー賞9部門にノミネート。主演男優賞にノミネートされたゲイリー・オールドマンはノミネート数トップ「SHOGUN 将軍」シリーズの主演、真田広之との勝負となる。つねに怪優と言われるほどに七変化するオールドマンが演じるのが、シリーズの核となる存在ジャクソン・ラム。冴えない外見からは分からない鋭敏なスパイは元MI5トップエージェント。そのラムがなぜ窓際に追いやられ、若き窓際族の集められたスラウハウスの所長になったのか。質の高い配信エンターテインメントに大スターが集まる理由がここにある。
英国情報局保安部MI5(エム・アイ・ファイブ)のサラリーマンスパイたち
現在66歳の俳優ゲイリー・オールドマンがセンセーショナルな映画デビューを飾ったのは『シド・アンド・ナンシー』(1986)のセックス・ピストルズ、ベーシストのシド・ヴィシャス役。その成功は、彼を一気にハリウッドのスーパースターの座に押し上げ、以来、忘れられない悪役や、名場面を多く演じてきた。なかでも、薬物カプセルをがりがり噛みくだしながら、殺しの交響曲を指揮した『レオン』(1994)の演技は狂気に満ちていたし、『エアフォース・ワン』(1997) 、映画『ハリー・ポッター』シリーズ、『ダークナイト』トリロジー(2005~2012)など、出演作も名作が多い。
「窓際のスパイ」のラムは、銀幕のイカしたスパイではない。英国トレンチコートが泣くほどに、汚れたままでも平気な中年中太りのスパイ。不思議と刑事コロンボや金田一耕助も思いおこさせる風貌。今回、エミー賞にノミネートされているシーズン3では、ラムが病院で健康診断を受けるシーンがある。鼻をつまむほどの体臭に、待合室で不服をいう人の前で屁を放ったりと嫌がらせにも歯止めがない。お酒もたばこもやめるようにという医者の警告も無視。好き放題に中華麺やカバブ、アイスクリームにかぶりつくラムはどこかでは反省しているのか、鏡の前で裸になってぶよぶよした贅肉を見つめるシーンは親近感を誘う。
オールドマンがアカデミー賞を受賞した伝記映画『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(2017) の夫婦役で妻を演じた英国人女優クリスティン・スコット・トーマスもこの「窓際のスパイ」MI5中枢部に君臨。セカンドハンドという、トップの座を狙う副長官ダイアナ・タヴァナーの画策ぶりは見事。2人の過去はいまだ明かされていない。俳優同士の相性は抜群で、なつかしい映画スターの健在ぶりもシリーズの魅力である。
もともと、演劇からスタートしているオールドマン。このラム役は夢のような巡り合わせで、特殊メークや大掛かりな衣装チェンジもない役を求めていたときに転がり込んできたと、解禁前のシーズン4の第1話試写会に出席したオールドマンは語っていた。