竜巻大国で知られるアメリカ。長年、その計り知れない災害の被害を防ぐべく、事前予測の研究に携わる科学者たちや自然の脅威に魅了される竜巻ユーチューバーが存在する。先日全米公開された『ツイスターズ』はそんな竜巻を追いかける若者を描いたエンターテインメント超大作。
7月19日の米初興収トップで話題を呼んだ映画のテーマは、若手スターで人気上昇中のグレン・パウエル演じるタイラーの台詞「恐怖に立ち尽くすんじゃない。恐怖を乗り切るんだ!」に表れている。竜巻チェイサーの美男美女たちは生き延びることができるのか。この夏、デートにぴったりのこの映画、手に汗握りながら映画館で鑑賞したい一作品である。
竜巻は永遠のハリウッドマジック
竜巻に家ごと飛ばされたドロシーが愛犬トトと共に不思議の国、オズに辿り着く映画『オズの魔法使』(1939) の舞台はアメリカ中西部のカンザスだった。幼少時のリー・アイザック・チョン監督自身が経験した最初の竜巻も中西部のアルカンソー州で、家族で住み始めたトレイラーパークで経験した竜巻警報は、いまだに、監督の中の恐怖体験として記憶されているそうだ。
イェール大学で生物学を学んだあと、ユタ大学の映画学の修士課程で、英語以外の言語で短編を数作監督し、初の長編映画もまた、アフリカのルワンダで、現地の言語で撮影した『Munyurangabo(原題)』(2007) 。異色の監督デビューを果たしたチョン監督は、以来、アフリカのフィルムメーカーを支援する団体Almond Trees Rwandaを設けるなど、言語に囚われない新感覚のアジア系アメリカ人監督である。
チョン監督の名が一躍世界に知れ渡ったのが、数々の映画賞を席巻した映画『ミナリ』(2020) 。一見、静かな韓国移民家族の苦労話は監督自身が自らの祖母からインスピレーションを得て描いた脚本で、米移民家族のリアリティと普遍的な家族愛をアメリカ中西部の広大な自然を舞台に演出。
映画の題名となった、「ミナリ」という香味野菜が育つまでを、農家の苦労と交え、植えてから、2度目の収穫が美味しいことから、親から子への祈りを込めて描いている。製作を手掛けたのは、ブラッド・ピット率いるPLAN Bと、A24。主人公を演じた俳優スティーヴン・ユァンにも支えられて、興行的にも大ヒットした。
アッバス・キアロスタミや侯孝賢などに感化され、アート系映画を好むと断言していたチョン監督が、『レヴェナント 蘇えりし者』(2015) のマーク・L・スミスの脚本に魅了されたのが映画『ツイスターズ』を監督したいと思ったきっかけ。まず製作スタジオのエグゼクティブに監督としてのビジョンをセールスピッチ。さらに、最終段階でスピルバーグ監督にピッチしたときほど緊張したことはなかったと、ブリティッシュ・フィルム・インスティチュートのインタビューで語っている。
「そういえば、特撮専門ヤン・デ・ボン監督の映画『ツイスター』(1996)があったではないか?」と読みながら思った人も多いはず。『ジュラシック・パーク』(1993)の原作者マイケル・クライトンが脚本を担当し、スピルバーグがプロデュースして大ヒットした昔懐かしの特撮映画もいまだに人気。米批評家たちの間では、愛されるスピルバーグ作品を見比べる竜巻レビュー旋風が巻き起こっているほどである。
チョン監督が『ツイスターズ』を撮影する上で参考にしたのはもちろん、スピルバーグ映画のエンターテインメントの要素だったそうだ。とくに『ジョーズ』(1975)で描かれた人間と自然界の脅威の関係性、さらには、ジョーズが小出しにされ、その恐怖がじんわりと浸透していった演出が、この映画の中で描かれる超巨大な竜巻を描く上でとても参考になったそうだ。
『ツイスターズ』の主人公たちはとくにスーパーヒーローでないことも監督にとっては魅力的だったという。災害を一早く防ぐために体当たりする男女のぶつかり合い。そしてお互いの違いに魅了されながら、民間とのチームワークを斡旋する主人公たち。近年、異常気象で悩む地球上の多くの被災者をも思い起こさせる切実さは、より複雑化している気象学の科学者たち、とくにチョン監督自身の娘の世代への応援歌ともなっている。主人公が眺める、もくもくとうごめく雲と広大な空を捉えた原風景は、監督の故郷そのもので、特撮映像の中にもやすらぎがあるのが見どころである。ある意味、スピルバーグ映画に存在した日常シーンをスペクタクルなものに変えるマジックで溢れている。