木枯しが吹き荒む10月後半のロサンゼルス。俳優組合ストライキの交渉は難航。年を越すかもしれないという不穏な噂が続く中、アカデミー賞前哨戦キャンペーンはスタート。スタジオが押す映画やドキュメンタリーの試写やバーチャルプレス記者会見の機会が増えてきている。ヴァラエティー誌も、オスカー・レース予測を開始。アカデミー視覚効果賞の予測が早々と発表され、『TENET』(2020)、『DUNE/デューン 砂の惑星』 (2021)そして、去年受賞した『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(2022) に続く候補作に注目が集まっている。今年のアカデミー賞選考締め切りは11月18日。ショートリストの投票が年末に行われ、来年1月23日に、アカデミー賞ノミネート作品発表が行われる。
現在、視覚効果部門の有力トップ2はクリストファー・ノーラン監督映画『オッペンハイマー』とギャレス・エドワーズ監督作『ザ・クリエイター/創造者』。そのほか映画『リトル・マーメイド』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』『ブルービートル』も予測5作品入りしている。キャラクターデザインほか特殊効果の評価が高いのは、日本でも現在、劇場公開中の『ザ・クリエイター/創造者』。その大きな要素は予算。SF大作『DUNE/デューン 砂の惑星』の総予算は165ミリオンドル(約247億円)で、VFXをふんだんに使ったハリウッド大作の予算は平均200ミリオンドル(約299億円)と言われている。そのほぼ半分以下の80ミリオンドル(約119億円)でこの映画を完成させたギャレス・エドワーズ監督の手腕に、このコラムでも注目してみた。
映画少年だったギャレス・エドワーズ監督
イギリスで生まれ育ち、自分だけのVHSデッキをおねだりするほどの映画少年だったと過去を振り返るギャレス監督のなつかしい思い出は、スピルバーグ監督作品の『E.T.』(1982) を見た時の感動。監督が、オリジナルSF大作『ザ・クリエイター/創造者』の物語を考案した際、その『E.T.』を観たときに号泣したエリオット少年と宇宙人であるE.T.という境を超えた心の触れ合いを、AI時代を背景に目指したという。そして近未来が舞台となっても、地球上の美しい自然や、穏やかな人々の暮らしの延長線が垣間見える世界を創造することがこの映画のゴールだったのだそうだ。
舞台は2075年、人類をおびやかすAIの脅威に脅かされる地球。元米特殊部隊のジョシュアは、AI集団クリエイターの潜伏先、ニューアジアにスパイとして潜入。人類を滅亡させる最強のAI兵器を見つけ出すことに成功する。しかし、その兵器は子供の姿をしたAI少女アルフィー。主人公ジョシュアは、その純粋な出で立ちに圧倒され、次第に彼はニューアジアの民と一体となっているAI少女アルフィーに心を奪われていく。
AIを殺すことが本当の結論なのか、暗殺任務を執行できないジョシュアは自ら米特殊部隊を敵にまわすことを選択。アルフィー、そしてAIとの共存を望むニューアジアの民を守って、対アメリカと戦うことを決意するのだった。
ハリウッドレポーターのインタビューでは、ギャレス監督が『GODZILLA ゴジラ』(2014) を監督したあと、初心に帰って、自らのアイディアが生かせる映画作りを目指したかったという。そのためには確実に予算を抑えなくてはならないと手段を模索。その大きな任務を担ったのが現在、ディズニー配下となったインダストリアル・ライト・マジックことILM。元はジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』を作るためにスタートさせたVFXアーティスト集団の工房である。
プロダクション・デザイナーのジェイムズ・クラインは、スピルバーグの映画『A.I.』(2001)、『マイノリティ・リポート』(2002) も担当したベテランで、現在はILMに所属している。視覚効果に関する専門のインタビュー、The Creditによると、「近未来を予測した世界観を映画の中で作ることは並大抵ではない。しかし、映画『ブレードランナー』(1982) が50年代ノワール映画の雰囲気をもとに、80年代SF映画として成功させた例をお手本に、この映画の世界観を構築したんだ。」と語っている。もともと、ギャレス監督はSF映画と日本特殊映画のファン。90年代の日本の電化製品を監督自身がeBayで買い集め、映画の小道具としてレトロフィットさせて、AI近未来感を盛り上げたという。
さらに、『スター・ウォーズ』フランチャイズでジョージ・ルーカスが生み出したようなオリジナルのロボットたちにも注目。『ザ・クリエイター/創造者』にも新たなキャラクターが数多く登場。AIコップ(警察官)は大きなサンバイザーで顔を隠し、WIFIなどで視聴覚コミュニケーションがとれる機能を構築。AI自爆テロ・ロボットは、映画『地獄の黙示録』(1979) のベトナム戦争のシーンで使われた起爆装置爆弾のデザインを参考にした、巨大なオイルドラム缶の形にして脅威を表現。
最も重要といえるAI少女アルフィーのキャラクター・デザインに関しては、役者の顔を残し、後ろにビデオデッキのようなメカ構造をポスプロで合成することによって、人間とAIのハイブリッド感を確立。頭蓋骨の中にある筒のようなシリンダーは、中にいくつかの筒が見え隠れし、アルフィーが怒ったり不満を示すと、そのシリンダーが回って作動するような、漫画にでてくるようなモノを監督自らデザイン。米特殊部隊の空飛ぶ基地ノーマッドは、ピンクフロイドの映画『ザ・ウォール』(1982) の鷹のデザインをヒントに考案したそうで、その威圧感は見事。ギャレス監督の出世作『ローグワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016) を思い起こさせるのが、戦艦デス・スターに負けないような米特殊部隊のタンク。日本製ハズブロの箱で売られていたクールな模型を目指したんだと、ギャレス監督の子供心溢れる特注デザインはこの映画の大きな見どころでもある。