Dec 23, 2021 column

第2回:2021年の話題作を彩った米サントラ音楽事情

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数々の映画プレス・イベントがアカデミー賞前哨戦を目の前に行われた師走のビバリーヒルズ。セレブ・シェフで有名なウォルフギャング・パック氏のレストラン「スパゴ」では、2021年に日本でも公開された伝記映画『リスペクト』の主演女優ジェニファー・ハドソンを囲む会が開かれ、監督やソング・ライターと共に映画と音楽の密接な関係について質問が飛び交った。次世代を担う作曲家によって大きく世代交代しつつある映画音楽業界。映像なしでもその音楽を聴きたいとコンサートホールに集まる観客は20~30代が主流。彼らが注目するサントラ音楽に注目してみた。

1980年代生まれの人気作曲家が響かす映画音楽

去る11月、ロサンゼルス・フィルハーモニーは、殿堂ディズニー・コンサートホールにて、「リール・チェンジ」という新しい音楽企画を発信。それは草分け的な80年代生まれの作曲家3人を選び、彼らが影響を受けた作曲家とそれぞれの楽曲を生オーケストラで演奏するという3日間に渡る映画音楽の祭典で、コロナ・ワクチン接種証明書とマスク着用義務下の中、屋内で行われた。

初日は映画『ジョーカー』で、昨年のアカデミー賞作曲賞を受賞した北欧、アイスランド出身の女性作曲家ヒドゥル・グドナドッティル。映画『ジョーカー』の主人公アーサーが豹変していく過程を、陰影のある深い音律で表現し、監督や主演男優ホアキン・フェニックスが役作りをする上でも影響を受けたという楽曲。ヒドゥルはHBOドラマシリーズ『チェルノブイリ』のサントラでも注目を浴びていて、今年はゲームコンテンツの「バトルフィールド2042」と、他分野のメディアにも挑戦する魅力的なチェリストでもある。

2日目は、映画『リスペクト』の作曲家、クリス・バワーズ。クラシック音楽で鍛えられ、ジュリアード大学でジャズ学位をもつ黒人ピアニスト、バワーズはアカデミー賞作品賞受賞作品『グリーン・ブック』で、実在した天才ピアニスト、ドン・シャーリーの演奏を楽譜に起こして自ら演奏して映画用に再現するなど、幅広い才能を持つ作曲家である。『リスペクト』のサントラを手がける前から、アレサ・フランクリンとは運命的な出会いがあり、プロの音楽家の道へと進んだのもアレサのおかげと話す。現在、アメリカで大ヒット中のテニス界の女王ビーナス&セリーナ・ウィリアムズ姉妹の家族を描いた映画『ドリームプラン』のサントラも手掛けていて、スポ根映画らしい、躍動感のある音楽で映画を盛り立てている。

3日目はアカデミー賞作曲賞に2回ノミネートされたことのある白人作曲家ニコラス・ブリテル。映画『ビール・ストリートの恋人たち』の黒人監督バリー・ジェンキンスとのコラボは有名。ピューリッツァー賞フィクション部門受賞の原作「地下鉄道・自由への旅路」を元にシリーズ化された同名テレビ番組の悲しくも美しい音楽を手掛けているだけでなく、社会派な風刺コメディ映画を得意とする『バイス』の監督アダム・マッケイともタッグを組み、大ヒットTVシリーズ『キング・オブ・メディア』や、今月、日本公開予定のレオナルド・ディカプリオ主演のコメディ映画『ドント・ルック・アップ』の音楽も担当。ロサンゼルス・タイムズ紙の音楽批評家マーク・スウェッドは、カメレオンのように七変化する作曲家だとブリテルを評価し、現代のラフマニノフともいえるかもしれないと同紙、クラシック音楽批評で絶賛していた。

次世代作曲家と『戦メリ』坂本龍一との切り離せない関係

ヒドゥル・グドナドッティルとクリス・バワーズが多大な影響を受けたというのが、映画音楽のパイオニア、坂本龍一。ヒドゥルはLAフィルの演奏会に集まった観客を目の前に、「坂本龍一氏をとても尊敬していて、彼は大事な友人でもある」と解説。「国境を超えて、大事な先輩へエールを送りたい」と、映画『レヴェナント:蘇えりし者』の坂本龍一の音楽を紹介した。さらには、ヒドゥルとニコラス・ブリテルの両者が影響をうけたというのが『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』の英国出身ミカ・レヴィ(通称ミカチュー)の音楽。2013年のベネチア映画祭で坂本龍一が審査員を務めた際、コンペ作品『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』のミカ・レヴィの音楽を彼が高く評価していたこともあり、多様な背景をもつ作曲家たちがお互いに感化されながら今に至っている様子が伺えた。坂本龍一が音楽を手がけた大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』は、メディアに携わる音楽関係者だけでなく、『インセプション』のクリストファー・ノーラン監督のお気に入り映画としても知られている。私も12月になると見たくなるクラシック名作の一つである。

アカデミー賞前哨戦トップに躍り出た優秀作品のサントラ音楽

12月8日に発表されたアメリカン・フィルム・インスティチュート(AFI)の最優秀トップ10は、毎年、最も文化芸術的に際立った映画とテレビ、それぞれ10作品に選ばれる賞。上記に挙げた映画『ドント・ルック・アップ』『ドリームプラン』やTVシリーズ『地下鉄道 ~自由への旅路~』のほか、映画部門に選ばれた2作品の映画音楽を担当しているのが元レディオヘッドのジョニー・グリーンウッド。一つ目は、ベネディクト・カンバーバッチ主演の映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』。11年ぶりにメガホンを撮ったジェーン・カンピオン監督の新作は彼女の代表作『ピアノ・レッスン』を彷彿とさせる壮大な自然が背景にあり、今回の舞台はアメリカ、モンタナ州。ウェスタンな雰囲気の底に醸し出される登場人物たちの作意は不協和音のピアノの旋律ではじまり、一度聞いたら忘れられないスコア。2作目がポール・トーマス・アンダーソン監督の青春映画『リコリス・ピザ(原題)』。映画『ブギーナイツ』『マグノリア』など、監督の得意とする70年代ハリウッドが舞台で、相変わらず息が合ったグリーンウッドとの音楽は見逃せない。年末年始、映画音楽に注目して、映画やTVドラマ作品を選んで見てみるのもおもしろい。

クリスマス・デコレーションで飾られたビバリーヒルズ

文・写真 / 宮国訪香子

作品情報
映画『ドリームプラン』

女子プロテニス界のトップに10年以上にわたり君臨するビーナス&セリーナ姉妹。姉妹の実父、リチャードは彼女たちが生まれる前にTVで優勝したテニスプレーヤーが4万ドルの小切手を受け取る姿を見て、「子どもを最高のテニスプレーヤーにしよう!」と決意。テニス未経験にも関わらず、独学でテニスの教育法を研究し、78ページにも及ぶ成功への計画書を作成。誰もが驚く常識破りの“ドリームプラン”を実行した。ギャング蔓延るロサンゼルス郡南部・コンプトン市の公営のテニスコートで、リチャードは途方もない苦難、周りから批判を受けながらも、数々の問題を乗り越え、娘たちを史上最強のプロテニスプレイヤーに育て上げていく。父の指導のもと、ウィリアムズ姉妹がいかにしてその才能を開花させ、世界の頂点へ上りつめたのか。揺るがぬ信念と子供たちの可能性に人生のすべてを捧げ、不可能を可能にするリチャードの姿が心を揺さぶる感動作。

監督:レイナルド・マーカス・グリーン

出演:ウィル・スミス、アーンジャニュー・エリス、サナイヤ・シドニー、デミ・シングルトン、トニー・ゴールドウィン、ジョン・バーンサル

配給:ワーナー・ブラザース映画

© 2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

2022年2月23日(水・祝) 全国公開

公式サイト dreamplan-movie.jp

Netflix映画『ドント・ルック・アップ』

天文学専攻のランドール・ミンディ博士は、落ちこぼれ気味の天文学者。ある日、教え子の大学院生ケイトとともに地球衝突の恐れがある巨大彗星の存在を発見し、世界中の人々に迫りくる危機を知らせるべく奔走することに。仲間の協力も得て、オーリアン大統領と、彼女の息子であり補佐官のジェイソンと対面する機会を得たり、陽気な司会者ブリーによるテレビ番組出演のチャンスにも恵まれ、熱心に訴えかけますが、空回りするどころか、事態は思わぬ方向へ向かって更なるどつぼにハマっていく。個性的なキャラクターたちに翻弄されながらも、果たして2人は手遅れになる前に彗星衝突の危機から地球を救うことが出来るのか。

監督・脚本:アダム・マッケイ

出演:レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・ローレンス、ロブ・モーガン、ジョナ・ヒル、マーク・ライランス、タイラー・ペリー、ティモシー・シャラメ、ロン・パールマン、アリアナ・グランデ、スコット・メスカディ、ヒメーシュ・パテル、メラニー・リンスキー、マイケル・チクリス、トメル・シスレー、ケイト・ブランシェット、メリル・ストリープ

2021年12月24日(金) Netflixにて独占配信開始

公式サイト netflix.com/jp/title/81252357

Netflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

1920 年代のアメリカ・モンタナ州を舞台に、周りの人々に恐怖と畏怖を与えるカリスマ的な牧場主フィル・バーバンと、その弟ジョージ、そしてジョージの妻ローズらを巡る、絡み合う緊迫した関係をリアルに描く人間ドラマ。大牧場主のバーバンク兄弟はある日、地元の未亡人ローズと、その息子ピーターと出会う。その後、ジョージはローズの心を慰めて彼女と結婚し、家に迎え入れることに。これにショックを受けたフィルは、すべてを壊そうと、残忍で執拗な攻撃を仕掛ける。しかし、とある事件をきっかけに、そんな残酷な男フィルにも、人を愛することの可能性が芽生えていくことに・・・。

監督・脚本:ジェーン・カンピオン

原作:トーマス・サヴェージ 「パワー・オブ・ザ・ドッグ」

出演:ベネディクト・カンバーバッチ、キルステン・ダンスト、ジェシー・プレモンス、コディ・スミット=マクフィー

Netflixにて独占配信中

公式サイト netflix.com/jp/title/81127997

宮国訪香子

L.A.在住映画ライター・プロデューサー
TVドキュメンタリー番組制作助手を経て渡米。 ニューヨーク大学大学院シネマ・スタディーズ修士課程卒業後、ロサンゼルスで映画エンタメTV番組制作、米独立系映画製作のコーディネーター、プロデューサー、日米宣伝チームのアドバイザー、現在は北米最大規模のアカデミー賞前哨戦、クリティクス・チョイス・アワードの米放送映画批評家協会会員。趣味は俳句とワインと山登り。