Sep 01, 2022 column

第16回:実写、ドキュメンタリー映画、そしてリミテッドシリーズのIP権争奪戦になったタイ洞窟決死の救出劇

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L.A.在住の映画ライター宮国訪香子が最新の現地情報をお届けする「ハリウッド・メディア通信」。今回は配信ドラマ事情をお送りします。

2018年の夏、世界中を沸かせたタイの洞窟遭難事故。その想像を絶する救出にたずさわったヒーローたちを描いた大作映画『13人の命』が8月5日から有料配信サービス、アマゾンプライム・ビデオで全世界公開している。監督ロン・ハワードといえば、ハリウッドでも『アポロ13』や『ビューテイフル・マインド』などの感動作品を生み出した人気監督で、この映画も例外ではない。

今回、全米での劇場公開期間が短く、配信で勝負となったいきさつは、去る3月、米アマゾン・ドット・コムが、映画製作大手メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)を約84億5000万ドル(約1兆1708億円)で買収したことに一因がある。アマゾンプライム会員向けの動画コンテンツを拡充するなかで、大ヒットした『007』シリーズなど映画約4000作品のライブラリーを買収しただけでなく、賞レース期待の新作の獲得競争も意欲的なアマゾンプライム。

現在、タイ洞窟生還のコンテンツは動画配信市場で炸裂。去年アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画にノミネートされたディズニープラス配信の『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』、そして今月9月22日には、ネットフリックスで6話で構成されるリミテッドシリーズ『ケイブ・レスキュー:タイ洞窟決死の救出』が物語の真相、そしてその奥深い深層に迫るのである。

『13人の命』© 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

アマゾンプライム配信中の映画『13人の命』

『Thirteen Lives(原題)』がそのまま訳されて邦題が『13人の命』となったこの作品。アメリカでは8月の短い劇場公開前にバーチャルで記者会見が行われた。「この物語はタイ政府とタイのリーダーたちが力を合わせて不可能を可能にした話で、心底、人々が力を合わせたときに、とてつもないことを成し遂げることができる証明である。」と『アポロ13』や『ビューティフル・マインド』で知られるロン・ハワード監督がコメント。

Ron Howard on the set of THIRTEEN LIVES © 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

物語の舞台はラオス、ミャンマー国境に近いタイの森林公園内にあるタムルアン洞窟。長年、観光地としても有名な場所で、その長さはほぼ10キロに入り組んだ、鍾乳洞ではとてつもない複雑な構造。数百メートルの石灰岩層の下に多数の深い窪みと、曲がりくねった狭い通路などで構成されたトンネルがあり、モンスーンの雨季には、一部が浸水することが知られていた。

新聞やTVでもすでに報道されたように、雨季にはまだ早いはずの2018年6月、近隣の町メーサイのサッカーチームの少年12人とコーチが観光に訪れた際、突然、雨量が増して、洞窟の奥深い窪みに閉じ込められてしまう。9日後に大掛かりな捜索を開始し、タイ海軍が出動するが、洞窟内のダイビングは想像以上に困難なことが発覚。地元に住む英国人の紹介で、英国ケイブダイバーに依頼し、世界中から専門家が集結。救出作戦に見事、成功するという話で、映画は報道だけでは伝わらなかったケイブダイバーたちの葛藤、タイ地元民の連帯感を中心に、感動の人間ドラマに仕上がっている。

『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの勇者アラゴルン役でも知られる俳優ヴィゴ・モーテンセンが演じるのが、実際に救出にかかわったダイバー、リック・スタントン役。「リハーサルでどのようにダイバーとして泳ぎ、潜るのかをまず地上で学び、さらに水底で実践。皆、とても真剣だったよ。」とモーテンセン。「映画はある程度、コントロールされた空間のはずだが、実際に水底に潜り、洞窟の中で撮影するのは危険だし、リスクがともなう。アドバイザーの言葉に皆、慎重に耳を傾け、彼らの動きを隅々学んだんだ。」と真摯に語っていた。そのほか、久々にコリン・ファレルがもう一人のダイバー、ジョン・ヴォランセン役でいい味をだしている。

ディズニープラスで配信中のアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画ノミネート作品『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』

2018年当時のニュースだけでは、真実が伝わらなかったタイ洞窟救出作戦。あまりにも困難な救出の話題は、前世界から注目され、テスラ社のイーロン・マスクCEOなど、影響力のある企業家のツイッターなどで救出に関する報道はかなり脱線。サッカー少年たちが無事に助かり、悲劇にならずにすんだのは不幸中の幸いだったと言える。実写映画が制作される前に、サッカーチームの少年たちがなぜその洞窟に閉じ込められたのかはアメリカのノンフィクション児童小説になったりと、あらゆるクリエイターたちが真実を伝えるために、救出後すぐに模索していたのである。

去年、いち早くドキュメンタリー映画に仕上げたナショナル・ジオグラフィック社プロデュース製作映画『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』は、長編ドキュメンタリー『フリーソロ』でアカデミー賞を受賞者した冒険ドキュメンタリー映画を得意とするエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィとジミー・チンのチーム。タイ村長ほか、海軍、地元民の焦りから描き、すでに死亡していると思われていたサッカー・チームの少年とコーチ、合わせて13人のケイブダイビング未経験者たちをどう救出するかという難題をCGの地図で分かりやすく説明。