Dec 09, 2021 column

第1回 : 映画『ドライブ・マイ・カー』のアカデミー賞前哨戦ニュースと米劇場公開のゆくえ

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アカデミー賞前哨戦の賞レースが真っ只中のアメリカ、12月2日(現地時間)、濱口竜介監督作品『ドライブ・マイ・カー』が第86回ニューヨーク映画批評家協会賞の作品賞に選ばれた。外国語映画部門ではなく、ベスト・ピクチャー、すなわち作品賞に選ばれたのである。翌日の全米ニュースは映画業界系だけでなく、ABCほかメジャーTVニュースでもこぞって結果を発表し、外国語映画で、ニューヨーク批評家協会賞作品賞に選ばれたのは3年前のアルフォンソ・キュロン監督作『ローマ』に続いて2作目であると、その偉業を報道した。実は、アメリカ本土での『ドライブ・マイ・カー』米劇場公開の評判はすでに、ニューヨーク映画批評家協会賞受賞前に、じわじわと向上していたのである。

『ドライブ・マイ・カー』のNYインディー映画旋風!

11月29日(現地時間)、映画の宣伝活動のため、フランスからNYに飛んだ濱口竜介監督は第31回ゴッサム・インディペンデント・フィルム・アワード(通称ゴッサム賞)に参加。ゴッサム賞は独立系の作品群に与えられる賞で、ノミネートされた俳優たちで会場は華やか。『ミッション・インポッシブル』などで日本でも顔馴染みのアフリカ系女優タンディ・ニュートンが外国語映画部門を発表。ノミネート5作品のクリップを紹介したあと、『ドライブ・マイ・カー! 』と笑顔で発表。濱口監督が壇上に上がり、会場の大歓声のなかで挨拶した。監督は「フランスとNY間の時差ボケで眠くなるかと心配したが、会場の熱気に感動しています」と素直な心境を話したあと、「この場に招いてくれた米配給会社、そして日本のキャスト&クルーに感謝したい」と喜びをあらわにした。

ゴッサム賞のクライテリアは米独立系映画で全体予算が35ミリオンドル(約40億円)以下の作品を対象にした賞。最多4冠に輝いたのは女優マギー・ギレンホールが同名の短編小説をベースに脚本・監督した『ロスト・ドーター』。作品賞、脚本賞、ブレイクスルー監督賞、そして主演俳優賞(オリビア・コールマン)と、作品の出来栄えを反映した受賞だった。

カンヌ映画祭の栄冠で、米映画人も濱口竜介監督に大注目!

『ドライブ・マイ・カー』は今年5月、第74回カンヌ映画祭で世界各国から選りすぐられた作品コンペで脚本賞受賞。同映画祭で脚本賞をとった初の日本映画で、共同脚本の大江崇允氏と濱口監督2人は初の日本人チーム受賞となった。濱口監督はそのほかに、カンヌ映画祭の別の枠組みである国際映画批評家連盟賞他、3つの独立賞を受賞。世界中の映画関係者の注目を浴びた。

しかし、アメリカ本土での外国語映画の劇場動員はカンヌの話題とは時折、別のものと考えられている。今年に入り、新型コロナワクチン摂取とマスク着用必須という州別規則下で、映画館もほぼ通常営業に戻っている。去年の韓国映画『ミナリ』の大ヒットは異例で、外国語映画である『ドライブ・マイ・カー』にどれだけの一般人が集まるのかは米配給会社の勝負どころである。12月1週目から始まった限定公開に、このゴッサム賞での朗報が大きなはずみをつけたことは確かで、濱口監督はまさか受賞するとは思っていなかったと微笑んでいた。

『ドライブ・マイ・カー』ロサンゼルス上陸!

12月1日から6日間の宣伝活動のため、L.A.入りした濱口監督。筆者は12月2日(現地時間)にカリフォルニア州サンタモニカのアエロ・シアターで作品を鑑賞し、観客の反応をじかに感じた。夜7時半からの開演前に列ができるほど、ほぼ満員の会場。Q&Aでは、映画の3時間という長さに関する質問もあり、「すばらしいプロデューサーのおかげで、作品に一番ふさわしいと思う長さで作品を完成できた」と話し、MCが「是非、そのプロデューサーの名前をあとで教えてください。」と返答。場内を沸かせていた。

村上春樹作品が好きで観にきたという観客も多く、原作者の反応は?という質問では、「本人とは話せてないが、ニューヨーク・タイムズ誌のインタビューで、村上さんが同映画に関してコメントしていて、どこが私が書いた部分で、どこが映画かが分からなくなっていたと書かれており、村上さんが映画を気に入ってくれたのではと思う」と返答。そのほか、車のドライブという、始まりでもなく終わりでもない途中の、いわば不思議な空間の中で、人それぞれが自分自身になれる空間というのが、コロナ渦のあとで、とても心地よかったという観客のコメントもあれば、撮影に使った車がなぜサブなのかという質問に対して、「原作の車がサブ。色は黄色だったが、映画では赤い車の方が映像的に映えるために色を変えた」と答え、観客の細かいデティールへの関心、濱口監督の映画制作への姿勢を真剣に聞き入る熱心な観客が何人も手を挙げて質問していた。

MCを担当した米映画雑誌エンターテイメント・ウィークリ-のジョッシュ・ロスコフ氏は、多くの批評家が『ドライブ・マイ・カー』を絶賛しているのはすばらしいことで、オスカーへの道を開くモーメンタム(上昇トレンド)に拍車をかけたことは間違いないと話していた。ちなみに、ニューヨーク映画批評家協会賞の監督賞は『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の名匠ジェーン・カンピオン、主演男優賞に同映画のベネディクト・カンバーバッチ、主演女優賞に『ハウス・オブ・グッチ』のレディー・ガガが受賞。授章式は来年1月24日(現地時間)で初バーチャルで行われる予定である。

文・写真 / 宮国訪香子

参考リンク:THE 31ST ANNUAL GOTHAM AWARDS OFFICIAL SITE

作品情報
映画『ドライブ・マイ・カー』

妻との記憶が刻まれた車。孤独な二人が辿りつく場所。俳優であり演出家の家福は、愛する妻と満ち足りた日々を送っていた。しかし、妻は秘密を残して突然この世からいなくなってしまう。2年後、演劇祭に愛車で向かった家福は、ある過去をもつ寡黙な専属ドライバーのみさきと出会う。行き場のない喪失を抱えて生きる家福は、みさきと過ごすなかであることに気づかされていく。

監督・脚本:濱口竜介

原作:村上春樹 「ドライブ・マイ・カー」 (短編小説集「女のいない男たち」所収/文春文庫刊)

出演:西島秀俊 三浦透子 霧島れいか/岡田将生

配給:ビターズ・エンド

©2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

公式サイト:dmc.bitters.co.jp

宮国訪香子

L.A.在住映画ライター・プロデューサー
TVドキュメンタリー番組制作助手を経て渡米。 ニューヨーク大学大学院シネマ・スタディーズ修士課程卒業後、ロサンゼルスで映画エンタメTV番組制作、米独立系映画製作のコーディネーター、プロデューサー、日米宣伝チームのアドバイザー、現在は北米最大規模のアカデミー賞前哨戦、クリティクス・チョイス・アワードの米放送映画批評家協会会員。趣味は俳句とワインと山登り。