「恐怖」のジャンルを乗りこなす
興味深いのは、劇中でリードがモノポリーやロック・ミュージックを通じて語る宗教論が、ひとつの創作論にもなっていることだ。それは「オリジナルとは何か、コピーとは何か」ということ、そして「もはや現代に“オリジナル”はありえない」ということである。
本作はスリラー映画だから、必要以上にストーリーの展開を明かすことはしない。けれどもスコット・ベック&ブライアン・ウッズは、劇中で自分たちがリードに語らせているように、明らかにスリラー/ホラーというジャンルのコピーと再構築を試みている。
映画の序盤、リビングルームに通されたパクストンとバーンズが、なんとかリードを説得して家を出ようとするくだりは、まさに一室のみで展開するソリッド・シチュエーション・スリラー。これに失敗して奥の部屋に通されたあとは、言葉こそがスリリングな会話劇に転じ、さらに2人が奥へ進むと、今度は『死霊館』シリーズなどのブラムハウス作品を思わせるダイナミックなホラーに変貌する。

現代において、もはやエンターテインメントとしてのホラーは開拓しつくされた感がある。ジョーダン・ピールやアリ・アスター、スコット・デリクソン、マイク・フラナガンといった現代ホラーの最前線をゆくフィルムメイカーたちは、そのなかで既存の材料をいかに掛け合わせ、いかに独自の要素を取り入れながら刷新するかの挑戦を続けているが、ベック&ウッズのコンビもそのうちの一組。彼らにとって、新たなキーワードが「信仰」だったのだ。
『異端者の家』はわかりやすい三幕構成であり、幕が変わるごとにスリラー/ホラーとしての軌道も変化する。もっともベック&ウッズがこだわったのは、一貫して俳優の演技を全面に押し出したこと。よくあるジャンプスケア(大音量で観客を驚かせる演出)やゴア表現を最小限に抑え、恐怖の緩急を役者と編集に、視覚的なケレン味を撮影と美術に委ねた。

バーンズ役のソフィー・サッチャーは、ドラマ「イエロージャケッツ」(2021)で注目された新鋭で、キャリア初期のアニャ・テイラー=ジョイを思わせるホラー・クイーンぶりを発揮。またパクストン役のクロエ・イーストは、『フェイブルマンズ』(2022)でスティーブン・スピルバーグに抜擢された才能だ。ともにフレッシュかつ確かな演技力で、ヒュー・グラントの怪演に渡り合った。
美術監督フィリップ・メッシーナによる精巧な空間を鮮やかに切り取ったのは、撮影監督チョン・ジョンフン。韓国でパク・チャヌク監督と長らくタッグを組み、現在はハリウッドで活動しているが、暗い密室が舞台の本作ではチャヌク作品の経験が活きた。『オールド・ボーイ』(2003)や『お嬢さん』(2016)を思わせるドラマティックな空間展開、アイデアに富んだ構図とアプローチが物語以上の広がりを映画に与えている。
このようにして紐解いてみると、じつに遊び心に満ちた1本だ。スリラー/ホラーというジャンルを、俳優ヒュー・グラントのイメージと実力を、そして人間の信じる心を遊ぶ‥‥いや、“もてあそぶ”。A24製作のホラー映画としても屈指の娯楽作である。
文 / 稲垣貴俊

シスター・パクストンとシスター・バーンズは、布教のため森に囲まれた一軒家を訪れる。ドアベルを鳴らすと、出てきたのはリードという気さくな男性。妻が在宅中と聞いて安心した2人は家の中で話をすることに。早速説明を始めたところ、天才的な頭脳を持つリードは「どの宗教も真実とは思えない」と持論を展開する。不穏な空気を感じた2人は密かに帰ろうとするが、玄関の鍵は閉ざされており、助けを呼ぼうにも携帯の電波は繋がらない。教会から呼び戻されたと嘘をつく2人に、帰るには家の奥にある2つの扉のどちらかから出るしかないとリードは言う。信仰心を試す扉の先で、彼女たちに待ち受ける悪夢のような「真相」とは。
監督:スコット・ベック、ブライアン・ウッズ
出演:ヒュー・グラント、ソフィー・サッチャー、クロエ・イースト
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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2025年4月25日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開