もしもパワハラ“クソ上司”と無人島で二人きりになったら──あなたは、どうする?
サム・ライミ監督が手掛ける、逃げ場のない無人島で人間の狂気と復讐心を炙り出す、映画『HELP/復讐島』。1月30日に公開される本作は、全ての働く人に捧げる復讐劇となっている。昨今の問題提起型のストーリーに食傷気味であれば「こういうのでいい!」と感嘆してくれるはずだ。
まさにサム・ライミしか作れない、皮肉も汚物もまぶしたエンターテイメント。本作を劇場で観るべきポイントについてレビューする。
スプラットスティックの帝王、サム・ライミの帰還
「ウェルカム・バック、サム・ライミ!」 そう快哉を叫ばずにはいられない。かつて『死霊のはらわた』シリーズで世界を震撼させた、あのスプラットスティック(スプラッター+スラップスティック)なエンターテインメント精神が帰ってきた。 巨大資本MCUの重圧から解き放たれた彼が、最新作『HELP/復讐島』で我々に届けてくれたのは、ゴア多め、笑い多め、吐瀉物多めの、阿鼻叫喚サバイバル・サスペンスである。
物語の主軸となるのは、勤勉な社員リンダ(レイチェル・マクアダムス)と、傲慢な上司ブラッドリー(ディラン・オブライエン)。出張中の飛行機事故により無人島に不時着した二人は、唯一の生存者として取り残されてしまう。救助が来ない極限状態のなか、かつてのオフィスでの上下関係はリセットされ、食料と主導権を巡る“仁義なきサバイバル・バトル”が幕を開ける。

ブラッドリーはいわゆる親の七光り社長で、自身の特権性を疑うことすらない。象徴的なのは、彼が女性部下に対して放つ「君はどのように尽くしてくれる?」というセリフ。この一言には、自分は生まれながらにして「尽くされる側」であり、他者は自身の快適さを維持するための道具に過ぎないという、凝り固まった特権意識が凝縮されている。彼は有害な男性社会的空気を醸成し、その頂点に君臨しているのだ。

その対極にいるのがリンダ。勤勉かつ優秀で、先代社長からは取締役に推挙されるほど厚い信頼を勝ち取っていた彼女。しかし、口元にランチのツナが付着している姿を見たブラッドリーに「キモい!」と一刀両断され、呆気なく出世レースから脱落してしまう。ところが、彼女は類稀なサバイバル術を体得しており、その能力がこの極限状況下で覚醒する。

脚本家のダミアン・シャノンとマーク・スウィフトは、そんな二人を無人島に不時着させるという、『ミザリー』の心理的緊張と『キャスト・アウェイ』の孤立感を掛け合わせたような舞台装置を使い、社内政治の縮図を鮮やかに描き出した。
この設定自体は、決して目新しいものではない。サム・ライミ自身、「虐げられていたキャラクターが実力を発揮し、弱者(アンダードッグ)から英雄へと変貌を遂げるのはハリウッドの古い伝統だ」と語っているほど。むしろ、この古き良きフォーマットを用いて、現代的な寓話を紡ぐ手つきにこそ新しさが宿る。
飛行機の墜落は、ブラッドリーから社会的地位と安全地帯を容赦なく剥ぎ取ってしまう。まさしく、力関係(パワーダイナミクス)の逆転。清潔なオフィスでふんぞり返っていた男は、泥にまみれ、生存のためにあがき、かつて見下していたリンダに依存せざるを得なくなる。

生理的嫌悪と爆笑の境界線
無人島に不時着してからは、予測不能なジェットコースター的展開。撮影現場は、ほぼ毎日気温30度を超える蒸し暑さで、その過酷さは画面からも滲む。しかしここで注目すべきは、単なる環境の過酷さではなく、ライミ監督による執拗なまでのフィジカル演出だ。

「役者に血や水を浴びせ、時には棒でつついた」とライミ自身が認めるとおり、この映画の撮影は過酷そのもの。その白眉ともいえるのが、溺れたブラッドリーをリンダが救助するシーンだろう。通常のハリウッド映画であれば、感動的あるいは緊張感あふれる蘇生シーンになるはずだが、彼の手にかかれば世にもグロテスクなコメディへとフルモデル・チェンジ。必死に蘇生を試みるリンダは、ブラッドリーに心臓マッサージを施しながら、彼の顔面に盛大に嘔吐してしまう。
このシーンの不快指数と爆笑指数は、彼が手がけた『死霊のはらわた』シリーズや『スペル』の粘液描写にも匹敵する。しかもこのシーン、オフィス時代にブラッドリーがリンダに向けていた精神的なハラスメント(=汚物)が、物理的な汚物となって返ってくるという、強烈な皮肉にもなっているのが巧い。
サム・ライミという作家の真の恐ろしさは、悪趣味が決して単なる思いつきや悪ふざけではなく、緻密な物語上の計算に基づいている点にある。例えば、劇中で洞窟の入り口にクモの巣が張っているカット。これは、単なるホラー的な雰囲気作りではない。テスト試写の段階で、観客が洞窟を「雨風をしのげる居心地良さそうな場所」と誤解してしまったため、ライミがわざわざ合成して追加した視覚的な修正なのだ。彼は観客の心理状態を秒単位で把握し、不穏さを維持するために細部をコントロールし続けている。

アメリカの著名な映画ニュース・レビューサイト「/Film(スラッシュ・フィルム)」などで執筆するビル・ブリア記者は、「『HELP/復讐島』はサム・ライミにしか撮れない、たまらなくサディスティックで狂気じみたスリラーだ‥‥おそらく、これまでに作られた中で最もグロテスクで胸糞悪い3D映画だろう」とXに投稿 (アメリカでは3Dフォーマットで公開)。この映画は、ライミのエクストリームで皮肉のききまくった映像言語が、文字通り立体的に襲いかかってくる。
彼が企てた仕掛けとは、観客の感情をジェットコースターのように揺さぶり、劇場という空間で共有される恐怖と笑いを最大化するために計算し尽くされた、極めて知的なカタルシスの装置なのだ。

リンダとブラッドリーの高度な心理戦
本作の真の面白さは、いじめられていた部下(リンダ)が嫌な上司(ブラッドリー)をやり込めて終わるような、単純な「倍返し」の物語ではないところにある。脚本は観客の心を意図的に揺さぶり続け、「どっちの味方につけばいいのかわからなくなる」ような、高度な心理戦を展開する。
サム・ライミは、無人島に流れ着いたリンダの変化を「変貌ではなく露見である」と定義した。彼女は島で変わったのではない。肥沃な土壌を持てなかった“蘭”が、過酷な熱帯の環境でついに開花し、その本性を露わにしたのだ。オフィスでは社会的な仮面の下に隠されていた狂気が、生存本能と共に暴れ出す。彼女はもはや守られるべきヒロインではなく、ブラッドリーにとっての脅威であり、獰猛な捕食者なのである。

対するブラッドリーも、単なる憎まれ役では終わらない。彼は自身の社会的地位が通用しない島で、プライドをかなぐり捨てて生き延びようとするマン・ベイビー(大人になりきれない男)だ。最初はリンダを利用しようとし、次に支配しようとし、最終的には彼女との奇妙な共犯関係に陥っていく。ディラン・オブライエンが「チェスの試合」に例えたように、二人は互いに手を読み合い、攻守を入れ替え続ける。
殺し合い寸前でありながら、そこには妙にハイテンションな連帯感が流れている。リンダを応援すべきか、哀れなブラッドリーに同情すべきか。ライミ監督が仕掛けた「感情移入の乗り換え」のプロセスに、我々観客は最後まで翻弄されっぱなしだ。

サム・ライミは、「観客の恐怖と笑いは、集団でいることで倍増する」と語る。この映画は、まさに映画館という暗闇の中で、見知らぬ他人と共に息を呑み、笑い合うために作られた作品だ。溺れた上司にゲロを吐きかけながら蘇生させる部下、イノシシの鼻水にまみれるヒロイン、そして常に暴れまわるカメラワーク。これらはすべて、洗練されたコンテンツばかりが並ぶ現代において、我々が忘れかけていたプリミティブな映画体験を思い出させてくれる。
往年のファンを喜ばせる「ライミ印」も健在だ。音楽は、『ダークマン』時代からの盟友ダニー・エルフマンが担当。ライミの学生時代の愛車であり、ほぼ全ての監督作に登場する「1973年型オールズモビル・デルタ88」も、しっかりとスクリーンに姿を現す。頭のてっぺんから足の爪先まで、100%サム・ライミ印。結論『HELP/復讐島』は、間違いなく劇場で体験すべき、極上のジェットコースターである。
文 / 竹島ルイ

舞台は無人島。会社員のリンダは、日々パワハラを繰り返す上司ブラッドリーの下で鬱屈とした日々を送っていた。ある日、出張のために乗り込んだ飛行機が墜落し、目を覚ますと、そこは見渡す限りの孤島。生き残ったのは、よりによって大嫌いな上司と自分の2人だけだった‥‥。
監督・製作:サム・ライミ
出演:レイチェル・マクアダムス、ディラン・オブライエン
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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2026年1月30日(金) 劇場公開
公式サイト fukushu-jima