Apr 07, 2026 column

映画『ハムネット』の魅力とは? クロエ・ジャオ監督が紡ぎだした圧巻のドラマの深み 

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第98回アカデミー賞で8部門にノミネートされ、主演女優賞に輝いた映画『ハムネット』が4月10日に日本公開を迎える。『ノマドランド』(2020) でオスカーを獲得したクロエ・ジャオが監督を務め、『ロスト・ドーター』(2021) や『MEN 同じ顔の男たち』(2022) ほか切れ味鋭い作品で存在感を放つジェシー・バックリー、『aftersun/アフターサン』(2022) から『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』(2024) まで幅広く活躍するポール・メスカルが出演し、スティーブン・スピルバーグとサム・メンデスがプロデュースと実力派ぞろいの本作。

賞レースの盛り上がりやスタッフ・キャストの顔ぶれから見ごたえに期待しつつも、劇作家ウィリアム・シェイクスピアを題材にした内容が故に「ビギナーには少々ハードルが高い文芸映画/歴史劇」という先入観をお持ちの方もいるのではないか。実際、本作の試写会場でもそのような“悩み”を耳にしたが‥‥個人的には、予備知識のいらない感動作として広く受け取っていただきたい気持ちが強い。もちろん、喪失という“痛み”は描かれるし、オスカー級の熱演に感情を持っていかれるという意味で“くらう”側面はあるが、その先に待ち受ける景色はエンターテインメントとしての輝きに満ちている。本稿では、そう断言するに足る『ハムネット』の魅力を説明してゆきたい。

まずは、上記の苦手意識を払拭しよう。マギー・オファーレルによるベストセラー小説を映画化した『ハムネット』は、「シェイクスピアの戯曲『ハムレット』には彼の息子の死が関係していた」という大胆な仮説を基にしている。基盤となる「ハムレット」やシェイクスピアは英語圏であれば《身近》かもしれないが、恐らく日本国内では一般的には少々《遠い》題材だろう。「To be or not to be (生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ)」というセリフを見聞きしたことはあっても、元ネタまで把握・履修していない層はそれなりにいるはずだ。そのため「作品ならまだしも、作者がメインになった映画は知らない人には楽しめないのではないか」と躊躇してしまう心理は非常に理解できる。だが、結論から言うとそれは杞憂だ。元々、シェイクスピアとその著作は映画界において“二次創作”の人気コンテンツなのだから。

その好例がバズ・ラーマン監督の映画『ロミオ+ジュリエット』(1996) や黒澤明監督が『リア王』を翻案した『乱』(1985) であり、『ハムレット』もイーサン・ホークやリズ・アーメッドを主演に据えた“現代版”がその時代ごとに繰り返し制作されている。A24はApple TVと組んでジョエル・コーエン監督による白黒映画『マクベス』(2021) を生み出し、作者切り口ではアカデミー賞受賞作『恋におちたシェイクスピア』(1998) が有名だ。いま挙げた作品群はどれも、(知っておくと楽しめるオマケ要素はあれど) 元ネタを必修科目としておらず、その系譜にある『ハムネット』もまた、独立した一作品として過不足なく楽しめるように設計されている(実際、劇中ではほとんど「シェイクスピア」という単語が出てこない)。

少し視点を広げると、不朽の“原典”に現代の辣腕クリエイターが新味を施すカルチャー自体は、日本でも昨今とみに盛んな往年の人気アニメの現代リメイクや、バットマンやスパイダーマンといったアメコミヒーローの映画とそう変わらない文脈ともいえる。そのうえでシェイクスピアの作品は偉大でありつつ、いかようにも料理できる“懐の広さ”をも同時に備えているのだ。逆にいえば《高尚な芸術性》と《誰でも刺さる大衆性》をダブルで搭載しているがゆえに、いつの時代も原作として魅力的なのだろう。

となれば『ハムネット』の意義は「どんな新しさを盛り込み、いまを生きる人々に刺さる内容にしたか」になる。その観点で本作を解体してみると「都会に単身赴任したクリエイターの夫と、ワンオペ育児に奮闘する妻が“息子の死”という最大の哀しみをどう乗り越えるか」という「今の観客が違和感なく自分事として受け入れられる」テーマを扱っていることが見えてくる。そこに至るまでの2人のラブストーリーも、「実家暮らしで肩身が狭い」「自分らしさがなかなか周囲に理解されない」→「お互いの痛みがわかる理解者として意気投合」という出会いから恋に落ちる流れはスムーズに共感できるものだ。アグネス (ジェシー・バックリー) はシャーマン、ウィリアム (ポール・メスカル) はクリエイターとしての特別な才能を持っていたが、封建的な親&田舎という環境では持ち腐れ状態になっており、結婚して家族という新しいコミュニティを作ることでようやく自立の糸口をつかみ、自分たちだけの幸福を得られる。だが次第にウィリアムは「父親としての責務」と「創作者としての渇望」の狭間でメンタルを病みがちになり、見かねたアグネスが単身赴任を提案。妻の英断によりウィリアムは作家として成功をつかむも少しずつお互いが見る景色が変わり、すれ違いが生じていく。こうした展開には直近の日本映画でいえば『花束みたいな恋をした』(2021) や『佐藤さんと佐藤さん』(2025)、『汝、星のごとく』(2026) といった作品群との共通項も見いだせる“カップルあるある”が詰まっており、バックリーとメスカルの繊細かつ大胆な芝居もあって身近な出来事として感じられる。