Mar 02, 2019 column

オスカーの“投票システム”も大きく影響?『グリーンブック』作品賞受賞の理由、多彩な魅力を解説

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大混戦と言われた今年のアカデミー賞で見事に作品賞を受賞したのが『グリーンブック』。1960年代、アメリカ南部を舞台にした男2人のロードムービーは、あの『メリーに首ったけ』(98年)のピーター・ファレリー監督作ながら、多くの観客に愛され、こうして賞レースも制覇した。いったい何が観る人を引きつけるのか? その魅力に迫ってみたい。

※一部ネタバレがございます。鑑賞前の方はご注意ください。

 

“定番”なのに魅了される!本作に仕掛けられた数々の“魔法”

 

タイトルの“グリーンブック”とは、旅行ガイドブックのこと。1930~1960年代に、アメリカ南部を旅するアフリカ系アメリカ人(黒人)にとって必携の一冊だった。そこには黒人が宿泊可能なホテルや、立ち寄ることができるレストラン、ガソリンスタンドなどが紹介されている。つまり“立入不可”な場所がほとんどだった、ということ。それだけ人種差別が激しい南部を、黒人の人気ピアニスト、ドクター・ドナルド・シャーリーがコンサートツアーで回る。彼の運転手として雇われたのが、イタリア系の白人、トニー・リップである。

映画が始まってすぐに引き込まれるのは、この2人のキャラクターが、わかりやすいほど“真逆”だから。トニーはナイトクラブの用心棒をしており、面倒な客は平気で殴り倒す荒くれ者。上客に取り入る狡猾な面があるし、黒人に対する差別もあらわにする。しかし家族への愛は人一倍強い。一方のドクターは、その名のとおり心理学や音楽の博士号をもつインテリで、ホワイトハウスにも招かれたほどのピアノの名手。育ちも良く、NYカーネギー・ホールの上階にある高級マンションに一人で暮らしている。最初は「黒人の運転手なんてまっぴら」と仕事を断るトニーも、報酬に目がくらみ、ドクターの旅に同行することになる。

 

 

絵に描いたような好対照の2人が旅する映画は、これまでも『真夜中のカーボーイ』(69年)、『レインマン』(88年)など名作が多く、“今さら”な設定でもある。旅を通して、性格や価値観、生き方も違う2人が絆を育むのは目に見えている。しかしこの『グリーンブック』は、そんな“お約束”が“快感”に変わる奇跡をもたらすのだ!

上映時間は2時間10分と、この手の映画にしてはやや長い。しかし観ている間、その長さを感じさせないのは、旅でのエピソードの積み重ねと、その流れがあまりに心地良いから。旅の始まりは当然のごとく、2人の会話は噛み合わず、トニーは車内喫煙や立ち寄った店での行為を注意されて腹が立ち、ドクターはトニーの乱暴な運転や言葉づかいにイライラを募らせる。このあたりは定番の展開。

しかし、高級ホテルのコンサートに招かれたドクターが、黒人であるためにそのホテルのトイレやレストランを使えないという“理不尽”に、トニーの正義感が目覚める。さらにドクターの孤独な人生に同情が生まれる。そして、フライドチキンも食べたことのない、お育ちがいいドクターは、トニーに手づかみで食べる喜びを教わったりする(このシーンは劇中でも最高に楽しい!)。爆笑に次ぐ爆笑の合間に、しんみりと考えさせるシーンが入れ込まれ、そのメリハリ感が絶妙で、観ているこちらのテンションが途切れない。

 

 

しかも行く先々で、ドクターとそのトリオの名演奏が奏でられるので、深刻になりそうな旅の運命を音楽が軽快に彩っていく。このあたりは『ボヘミアン・ラプソディ』の高揚感に近いかもしれない。そして2人の絆が深くなる中盤から、知らず知らず感動の要素が大きくなるのだ。筆者は本作がお披露目されたトロント国際映画祭の会場で観たのだが、場内に割れんばかりの笑いが起こったかと思えば、重要なシーンでは観客全員がスクリーンに集中するという、めったにない光景を体験した。それくらい、作品のムードに入り込ませる“魔法”の力が『グリーンブック』には備わっている。