一丸となって世界に挑む映画人が集まった今年 “パワー・オブ・ピープル”を見せつけられた映画の数々
今年、最も話題をさらった新作はカウテール・ベン・ハニア監督の『The Voice of Hind Rajab (原題) (訳:ヒンド・ラジャブの声) 』であった。6歳の少女、ヒンド・ラジャブが主人公の本作は、ガザでイスラエルの戦車に襲われ、赤新月社 (中東における赤十字社) に助けを求める実際の彼女の音声データをもとに、ドキュメンタリータッチでガザの実情を描いたドラマ。エグゼクティブ・プロデューサーとして本作の製作に参加していたホアキン・フェニックスと彼の実生活のパートナーでもあるルーニー・マーラも公式上映に参加するために、ベネチア入りしていた。実は本作はブラッド・ピットもプロデューサーとして参加しており、彼のプロデューサーとしてのブランド力も相乗して、ヴェネチアでの注目度はダントツであった。実は、本映画祭の開催直前に、映画祭ディレクターであるアルベルト・バルベラが、イスラエル・ガザ戦争について「映画は平等に、ただし現実世界で起きているジェノサイド (人間を意図的に大量に虐殺すること) には反対する」という見解を述べ、大きな話題となった。そして、現地時間8月30日には、ギレルモ・デル・トロ監督のプレミア上映時に、3000―4000人 (AFP通信推定) がデモに参加し、パレスチナ自治区ガザ地区での惨状に抗議、その模様が世界中に発信された。

また、マーケット内で開催されたJAPAN NIGHT主催の日本映画シンポジウムでは、今年のカンヌに引き続き女優・プロデューサーであるMEGUMIと山田兼司プロデューサー (『怪物』(2023) 、『ゴジラ-1.0』(2023)など) が、日本映画を振り返るトークを実施。パネリストとして登壇した映画祭プログラマー等で多くの映画祭に従事しているパオロ・ベルトリンが「日本映画の歴史で最も注目すべき作品」として今村昌平監督の『黒い雨』(1989)と、高畑勲監督の『火垂るの墓』(1988)の2作を取り上げ「戦争で犠牲になっていった一般人の情景を描いた日本映画の秀作たちであり、今後も世に語り継がれるべき映画である」こと、また独自目線で戦争の悲劇を描くことができる日本映画の貴重な存在価値を説いた。

そして、今年オリゾンティ部門で出品された藤元明緒監督の新作『LOST LAND/ロストランド』が、最終的にオリゾンティ部門審査員特別賞、最優秀アジア映画賞 特別表彰、ビサート・ドーロ賞 最優秀監督賞という栄えある3冠を勝ち取った。人権もなくミャンマーにひっそりと暮らすロヒンギャの家族が、地元の迫害や災害などから逃れようと、マレーシアに住む親戚を訪ねるために道なき国境を越えていく子供2人の様がドキュメンタリータッチで描かれている。実際の実情証言を受け、藤元監督が物語を作り、ロヒンギャのキャストを起用して日本・フランス・マレーシア・ドイツの国際共同製作として世界初上映された本作も、先に紹介した『The Voice of Hind Rajab』と同じく、今実際に世界で起こっている社会の不条理を徹底的に映画に落とし込んでいる。本作の公式上映後、上映会場の外にいた藤元監督らを見つけた観客達が集まってきて彼らに拍手を送り、会場の外で異例の“スタンディング・オベーション”が繰り広げられた情景は、筆者も初めての経験であり、密かに賞レースに踊り出てくることを確信した一瞬であった。

映画という芸術に作り手たちの “声”が練り込まれた瞬間を、ヴェネチア国際映画祭が機敏に救いあげて世界に公平に発信するパワーを見せつけた顕著な年であった。
文・写真 / 高松美由紀
1932年にヴェネチア・ビエンナーレの映画部門から設立された世界最古の映画祭。ベルリン、カンヌにならぶ世界三大国際映画祭の一つであり、毎年8月末から9月にかけて、ヴェネチアのリド島で開催。黒澤明監督の『羅生門』が1951年に金獅子賞を受賞、その後も北野武監督の『HANA-BI』(1997)が同じく金獅子賞を受賞するなど、日本映画の注目度は常に高い。
開催:イタリア・ヴェネチア (リド島)
映画祭:2025/08/27 ~ 2025/09/06