May 23, 2025 column

日本映画界にとっての歴史的な分岐点になった今年のカンヌ 次世代の映画人達が、しなやかに世界と戦う

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日本映画界のニュー・エラ(new era=新時代)到来

この流れで、今年の日本映画の大活躍に注目しないわけにはいかない。今年は、日本映画界史上最大数の10作品が本映画祭でお披露目された。

早川千絵監督の『ルノワール』はコンペティション部門にて前作『PLAN75』から3年ぶり、温かくカンヌに受け入れられたようだ。

©2024『RENOIR』製作委員会/Ici et Là Productions/ARTE France Cinema/Akanga Film Asia/ Nathan Studios/KawanKawan Media/Daluyong Studios
©『遠い山なみの光』製作委員会

「ある視点」部門ではベネチアの印象が強かった石川慶監督がカズオ・イシグロとタッグを組んで戦後の長崎を舞台に描いた『遠い山なみの光』が上映。「ミッドナイト・スクリーニング」では、川村元気監督発のホラー『8番出口』が夜中の上映にも関わらず喝采を受け、「監督週間」では歌舞伎の世界を描いた李相日監督の『国宝』と団塚唯我監督の初長編デビュー作『見はらし世代』が高い評価を受けている。


『8番出口』のレッドカーペットを歩く前の二宮和也。とてもリラックスした顔がメイン会場の大スクリーンに投影

フランスでも確実に興行の成功を収めている深田晃司監督の最新作『恋愛裁判』はカンヌ・プレミア部門に正式出品され、その他にもニューシネマワークショップ、ENBUゼミナール監督コースの卒業生・田中美希監督の短編『ジンジャー・ボーイ』が「ラ・シネフ」部門 (世界中の映画学校の学生が制作した短編・中編映画から毎年10~15本のノミネート作品が選ばれる、新人監督の登竜門と言われている部門) に選出。

クラシック部門「カンヌ・クラシックス」では押井守監督の伝説的SF・メルヘン映画『天使のたまご』(1985)と成瀬巳喜男の傑作『浮雲』(1955)が上映。今年は、日本人俳優も多くカンヌ入りしており、リリー・フランキー、石田ひかり、広瀬すず、吉田羊、三浦友和、松下洸平、吉沢亮、渡辺謙、横浜流星、二宮和也、木竜麻生、黒崎煌代など、豪華な日本キャスト達が連日レッドカーペットや公式イベントなどを賑やかに飾っている。

今までのカンヌといえば、常連の監督達が新作をぶつけ合う構図がお決まりのパターンであったが、今年は明らかに異なっている。今までの俳優やプロデューサーとしてのキャリアを超えて、監督としてデビューするベテラン達も多く見出され、同時に今まで予定調和でカンヌのコンペティション部門に選ばれていたような監督作品が、それ以外の部門で上映されている。カンヌ常連であるコーエン兄弟が、兄抜きでイーサン・コーエンの新作としてHoney Don’t(原題)』を「ミッドナイト・スクリーニング」で上映。もう1人、カンヌ常連セドリック・クラピッシュ監督の新作『La Venue de l’Avenir(原題)』もコンペティション部門から外れてプレミア上映される。

そして今年は、その激変の隙間をかいくぐるように、フレッシュでバラエティ豊かな日本映画がカンヌのプロ達を楽しませているようだ。『見はらし世代』の団塚唯我監督に至っては26歳、長編デビュー作にしてカンヌ入り、という“次世代”の先頭を一気に抜け出した。OzuやNaruse、Kurosawaなどの日本の巨匠達のDNAを受け継いだ現代の日本映画人達が、是枝監督をはじめとする実力派の世界の巨匠に昇華しつつ、彼らの映画を隅々から研究し尽くしている次世代の川村元気監督はじめとする監督やプロデューサーたちが、世界戦略も見据えて自らの映画を持って世界のマーケットに戦いを挑むその姿は、攻撃的な孤高の戦士というよりも、自由に動き回るRPGの主人公のように仲間と武器を集めて、団体戦で戦っているように見える。


『見はらし世代』の団塚唯我監督と黒崎煌代

また、日本人俳優の活躍もめざましい。「監督週間」で上映された『国宝』では、吉沢亮と横浜流星の演技対決が、海外のレビューから高い評価を得ている。任侠の一門に生まれながらも、歌舞伎役者の家に引き取られ、芸の道に人生を捧げる主人公・喜久雄の50年を描いた壮大な物語。『フラガール』(2006)で日本中を泣き笑いの感動に導いた李相日監督のもと、渡辺謙、高畑充希、寺島しのぶ、田中泯ら豪華キャストが名を連ね、上映時間も2時間54分の長尺でありながら、本作の上映回は常にほぼ満席、この長尺にも関わらず来場者の離席率も低く、ゲスト登壇がない回であっても毎回上映後に拍手が起きている。ヤクザ、カブキ、家族(血統)‥‥など、日本独特な文化が世界の一般的な知識レベルに媚びすることなく丁寧に描かれた秀作だが、それ以上に吉沢亮の演技力が世界のプロを惹きつけてやまないようだ。筆者も本作を拝見した際には、チェン・カイコーが手がけた『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993 / 第46回パルム・ドール受賞)を彷彿とさせる一大抒情詩的な映画の完成度の高さに感動した。

©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025 映画「国宝」製作委員会

主人公の喜久雄がスキャンダルにまみれて華やかな歌舞伎界を追放され、ドサ周りをしながら、意識朦朧となりながらも身体に染みついた踊りを舞うシーンは、演じる吉沢亮の演技力の高さとその狂気を感じて鳥肌が止まらなかった。過去には2016年、当時86歳だったアレハンドロ・ホドロフスキー監督の『エンドレス・ポエトリー』が「監督週間」で上映されたように、世界のマーケットに一切媚びない『国宝」のような作品が「監督週間」で受け入れられることがカンヌの驚きと楽しさである。「これまで色々な映画祭に連れて行って頂き、カンヌで映画祭はコンプリートになりますが、みんなで集中して映画を盛り上げていこうという思いが伝わり、胸が震えた」と大御所の渡辺謙がコメントするように、カンヌのプロ達が見つめる作品の向こう側には、厳しくもあり温かくもある映画愛が溢れており、それゆえに独特な中毒性を感じてしまうのが、カンヌなのかも。

今年のカンヌは、完全に日本映画界の世代交代を実感した年であった。いつも何かと比べられる韓国映画界がここ数年すっかり世界の映画市場から身を潜めているうち、日本映画界のニュー・エラ(新世代)達が、自分たちの個性を冷静に見極めて、海外のプロとしっかり手を組んで、映画界の頂点を着実に見据えている状況が溢れ出た年だったかもしれない。

文 / 高松美由紀

第78回 カンヌ国際映画祭2025

世界三大最大の一つ。1946年以来、毎年5月フランス南部コート・ダジュール沿いの都市カンヌで開催されており、同時期に映画の最大マーケットであるマルシェ・デュ・フィルム(MARCHÉ DU FILM)も開催されており、この年の映画のトレンドや話題作の紹介などが目白押しとなる。

開催:2025/05/13 ~ 2025/05/24

公式サイト https://www.festival-cannes.com/

作品情報
映画『国宝』

抗争によって父を亡くした喜久雄は、上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎に引き取られ、歌舞伎の世界へ飛び込む。そこで、半二郎の実の息子として、生まれながらに将来を約束された御曹司・俊介と出会う。正反対の血筋を受け継ぎ、生い立ちも才能も異なる2人はライバルとして互いに高め合い、芸に青春をささげていくのだが、多くの出会いと別れが運命の歯車を狂わせていく。

監督:李相日

原作:「国宝」吉田修一著(朝日文庫/朝日新聞出版刊)

主演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛、黒川想矢、越山敬達、永瀬正敏、嶋田久作、宮澤エマ、田中泯、渡辺謙

配給:東宝

©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会
©Kazuko Wakayama

2025年6月6日(金) 公開

公式サイト kokuhou-movie

高松 美由紀

スイス特派員
1973年生まれ、兵庫県出身。アメリカの大学卒業後、(株)トライアルで映画宣伝に従事。その後、東京国際映画祭はじめ国内外の映画祭にて運営や広報を経験しながら、映画の宣伝などを続ける。1999年から(株)TBSテレビにて、映画専門の海外セールスチームに所属、「下妻物語」「NANA」「日本沈没」など日本映画を海外に販売、映画祭への出品などを経験、退社後の2013年に(株)Free Stone Productions(映画&アニメなどの国内外PRおよび海外展開を提供する会社)を立ち上げ、現在も継続しつつ、合同会社Wonder M(ワンダーエム)でスイスを拠点にエンタテインメントの魅力を発信中。