Oct 04, 2024 column

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』 すべてを目撃せよ、2024年の最重要作品

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キルステン・ダンストとケイリー・スピーニー

アメリカ国内を舞台にした『地獄の黙示録』(1979)。カリフォルニア州とテキサス州が組んだ西部連合=WAによる反政府活動は激化を極めている。ジェシーを含めた4人のジャーナリストはプレスバンに乗ってワシントンD.C.へ出発する。ニューヨーク・アンダーグラウンドの伝説的なバンド、スーサイドの曲「Rocket USA」と共に4人の旅は始まる。『シビル・ウォー』はロードムービーだ。4人はワシントンD.C.への道中、アメリカの夢の残骸、遺骸のような風景を進んでいく。まだティーンのように見える23歳のジェシーをこのロードトリップに連れていくことは、リーの本意ではない。戦場は子守をするような場ではないからだ。しかしすべてにおいて前のめりのジェシーが、このロードトリップを予測不能な状態へと転がしていく。人生を賭けて仕事に打ち込んできたリー。姉妹のような2人。ジェシーと旅をすることによって、リーは選ばなかったもう一つの人生、母親としての人生を補完しているように思える。

キルステン・ダンストの演じるリー・スミスは、劇中でも言及されるリー・ミラーとメリー・コルヴィンという2人の女性写真家をモデルにしている。リー・ミラーはモデル業から始まり、ヴォーグのファッション写真家、マン・レイのミューズ、そして戦場フォトグラファーへと数奇なキャリアを送ったアーティストだ。マン・レイの「天文台の時刻にー恋人たち」に描かれた唇のモデルであり、ジャン・コクトーは傑作アヴァンギャルド映画『詩人の血』(1932)でリー・ミラーを石膏像に変身させた。リー・ミラーの理念は“証言としての写真”を残すことだった。ケイト・ウィンスレット主演のリー・ミラーの伝記映画『Lee (原題) 』が先頃アメリカで公開されたばかりだ。サンデー・タイムズの特派員だったメリー・コルヴィンに関しては、ドキュメンタリー映画『メリー・コルヴィンの瞳』(2018)を『シビル・ウォー』の撮影前に全員で見たとキルステン・ダンストが語っている。キルステン・ダンストはメリー・コルヴィンの一切の気取りのなさに感銘を受けたという。

アメリカの取り残された風景を進むロードトリップで、一行は内戦などはじめからなかったような穏やかな町に辿りつく。立ち寄ったブティックでリーはドレスを試着する。ドレスを着たリーと三面鏡。リー・スミスと同じ名を持つリー・ミラーがモデルから写真家に転身したイメージが重なる。しかし何よりこのシーンが魅力的なのは、キルステン・ダンストがこれまでどのようなキャラクターを演じてきたかを瞬時にして多彩なイメージとして広げているところだろう。『ヴァージン・スーサイズ』(1999)や『マリー・アントワネット』(2006)のヒロイン。リーのドレス姿をカメラに収めるのがジェシー=ケイリー・スピーニーであることは、ソフィア・コッポラ映画のファンなら感動ものだ。新旧ソフィア・コッポラ映画の“娘”たち。『マリー・アントワネット』のヒロインを『プリシラ』(2023)のヒロインがカメラに収める。ヒロインの系譜は受け継がれている。ケイリー・スピーニーは『プリシラ』、『エイリアン:ロムルス』(2024)と『シビル・ウォー』でいま最も注目すべき若手俳優の一人になったといえる。ソフィア・コッポラやフェデ・アルバレスがそうしたように、アレックス・ガーランドもティーンのように見えるケイリー・スピーニーの特性を活かしている。

また、取り残されたテーマパークである“ウィンター・ランド”における寝そべるリー=キルステン・ダンストと草花のショットは、『ヴァージン・スーサイズ』の同一ショットを想起させる。とてつもない緊迫感の延々と続く本作において、アレックス・ガーランドはキルステン・ダンストのキャリアに敬意を払うような遊び心に溢れたショットを撮っている。