Jul 26, 2024 column

村上春樹小説 初のアニメ化『めくらやなぎと眠る女』作り手が受け手の想像力を信じることで生まれた、幽玄なる世界

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長編アニメ映画『めくらやなぎと眠る女』が7月26日(金)よりユーロスペース他全国公開された。本作は、村上春樹の6つの短編をまとめたもので、村上春樹作品を初めてアニメ化したもの。

監督を務めたのは、アメリカ生まれでパリ育ちのアニメーション作家のピエール・フォルデス。本作は世界最大のアヌシー国際アニメーション映画祭2022で審査員特別賞を受賞、2023年開催の新潟国際アニメーション映画祭で第1回目のグランプリに輝いた。

日本公開においては、英語(日本語字幕付き)のオリジナル版とともに、深田晃司監督演出、ピエール・フォルデス監督監修で日本語版も公開される。 ノーベル文学賞有力候補と話題にあがる村上春樹。これまで彼の作品のいくつかが実写映画化されてきたが、今回は初のアニメーション。本作はムラカミ文学をいかにアニメーションで表現したのか。

村上春樹文学の映像化という、最も困難な冒険

おそらく村上春樹の小説を映像化することは、最も困難な冒険のひとつである。わかるようでわからないセリフの応酬と、多分にスノッブな比喩によってコーティングされたシュールレアリスティック・ストーリーは、読者の想像力を猛烈に掻き立て、脳内に異世界を創り出す。高度な抽象性ゆえに世界的人気を誇るムラカミ文学を具象化した時点で、その魔法は雲散霧消してしまうのだ。

それでも、何人かの勇敢な映画作家たちが名乗りを上げてきた。『トニー滝谷』(2004)の市川準。『ノルウェイの森』(2010)のトラン・アン・ユン。『バーニング 劇場版』(2018)のイ・チャンドン。『ドライブ・マイ・カー』(2021)の濱口竜介。

特に『ノルウェイの森』を手がけたトラン・アン・ユンは、『青いパパイヤの香り』(1993)や『夏至』(2000)などで知られる、当代きっての映像詩人。その繊細なビジュアル感覚は、他の追随を許さない。実際に『ノルウェイの森』は、松山ケンイチや菊地凛子の透明性の高い演技、撮影監督リー・ピンビンによる静謐なカメラ、ロックバンド・レディオヘッドのサウンドの中核を担うジョニー・グリーンウッドによる荘厳なスコアが、物語を力強く引き締めていた。この作品には、トラン・アン・ユンのシグネチャーがはっきりと刻まれている。

だが、当時の世評は決して高くはなかった。これは筆者の私見だが、あまりにも映画としての強度が高すぎるがゆえに、幻想性を保っていた村上ワールドと軋轢を起こしてしまったからではないか。映像が際立つほど(具象性が高まるほど)、村上春樹的なるものから遠ざかってしまうという皮肉。だからこそ彼の小説を映像化することは、最も困難な冒険のひとつなのである。

その意味で、濱口竜介は非常にクレバーだった。彼は日本語、中国語、韓国語、英語、手話を駆使し、テキストの映画として『ドライブ・マイ・カー』を構築してみせた。ビジュアルではなくセリフによって物語を紡ぐことで、ムラカミ文学の幻想性から乖離することを防いだのである。

そして2024年、村上春樹の映像化に手を挙げる新たな挑戦者が登場した。アニメーション作家であり音楽家でもあるマルチアーティスト、ピエール・フォルデス。7月26日から公開中の『めくらやなぎと眠る女』は、6つの短編小説(「かえるくん、東京を救う」「バースデイ・ガール」「かいつぶり」「ねじまき鳥と火曜日の女たち」「UFOが釧路に降りる」「めくらやなぎと、眠る女」)をひとつの映画にまとめた、非常に大胆な作品である。