Feb 02, 2019 column

村上春樹作品を大胆かつ見事に映画化!『バーニング』から読み解く村上文学の魅力

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リトルハンガーとグレートハンガー

 

日本と同様に閉塞感に覆われた韓国で暮らす若者たちを主人公にしたことで、『バーニング 劇場版』は村上作品に隠された“見えない壁”の存在を明確に感じることができる。

 

 

ひとつはジョンスがぶつかっている大きな壁。韓国の成人男性には、懲役が義務づけられている。兵役を経験することで、韓国の男性は少年期と成人期がはっきりと区分されると言われている。ジョンスは兵役を済ませ、大学も卒業しているが、定職に就くことなく、小説家を目指している。肉体はすでに大人だが、でも精神的にはそれを拒んでいる。ジョンスは子どもと大人との境界線上で葛藤する存在だ。経済的に恵まれているベンは、そんなジョンスのことを「羨ましい」と口にする。

 

 

ヒロインであるヘミもまた、境界線上をさまよう旅人だ。ヘミによれば、アフリカの砂漠で暮らす民族には、リトルハンガーとグレートハンガーがいるそうだ。リトルハンガーは言葉どおりにお腹をすかせた人だが、グレートハンガーは自分は何のために生きているのか答えを求め続ける人。旅行から帰ってきたヘミは、リトルハンガーがグレートハンガーへと変わっていく様子を踊ることで再現する。ヘミは現実の世界と理想の世界とを隔てる壁の上を綱渡りのようにフラフラと歩く、かなり危なっかしい女の子だ。

もうひとつ、『バーニング 劇場版』には分かりやすい壁、境界線が登場する。ジョンスとヘミの生まれ故郷・パジュ市は、北朝鮮との軍事境界線に近い。ジョンスの実家からは、北朝鮮が韓国の社会体制を批判するプロパガンダ放送がよく聞こえる。ベンはワインと大麻を嗜みながら、その光景を「面白い」と評する。

 

 

いつもクールさを装っているベンだが、彼もまた大きな壁を抱えているらしい。冷静さを保つために、ベンはビニールハウスを燃やすという犯罪行為に手を染めている。ベンいわく「誰からも必要とされていないビニールハウスは、燃やされることを待っている気がする」とのこと。ベンが燃やしているのは本当のビニールハウスなのか、それとも何かの比喩表現なのか。そして、姿を消したヘミはどこにいるのか。いくつもの謎が積み重なることで、『バーニング 劇場版』は構成されている。村上文学と同様に、すんなりとは解き明かされない不可解さを楽しむ映画だと言えるだろう。