修正問題の真相、『ボーダー』の衝撃的描写
しかし、境界を乗り越えるうえでの重要なシーンに関して、『ぼくのエリ』では日本公開時、ある問題が起こった。それは映像の“修正”だ。この修正問題は、作品を愛する人の間で波紋を広げることになった。『ぼくのエリ』で、ヴァンパイアであるエリが血まみれ状態になり、オスカーの部屋で着替えるシーンがあるが、ここでエリの股間が映し出される。日本公開時やDVDでは当然のごとく“ぼかし”の修正が加えられたのだが、じつはこの描写が作品の重要なポイントになっていた。エリの股間には傷跡があり、それは“去勢”を観客に伝えるものであった。エリは性別という境界を越えた存在であり、オスカーもそんなエリを愛するわけで、セクシュアリティをも軽々と超越した究極の愛が描かれていたのだ。
こうした修正は、日本の配給会社が劇場公開時のR指定を緩和させるため(より幅広い観客層に鑑賞してもらうため)の措置でとられることもある。最近の例では、ニール・ブロムカンプ監督の『チャッピー』(15年)が、強烈なバイオレンスのシーンをあえて“カット”。アメリカでのR指定(17歳未満は保護者の同伴が必要)を、日本ではPG12(12歳未満は保護者の助言、指導が適当)に変更した例もある。『ぼくのエリ』の場合は、配給会社の意向ではなく、あくまでも映倫審査の結果、“児童の裸”という判断がくだり、日本で上映するには“ぼかし”を入れざるを得なくなったのだ。その結果、実際に無修正版を観た人から、切実な抗議が上がったのである。そう考えると、『ぼくのエリ 200歳の少女』という日本公開タイトルもミスリードであり(英語タイトルは『Let the Right One in』=“正しき者を招き入れよ”、スウェーデン語の原題も同じ意味)、純粋なラブストーリーのイメージを強調するあまり、重要なテーマを損なう邦題になったことは事実である。ちなみにリメイク版の『モールス』では、この修正に当たる描写があっさりカットされた。
では、この『ボーダー』に修正は加えられているのか? 答えは「ノー」である。『ボーダー』にも、映倫審査に引っかかる可能性があるシーンが登場する。そしてそれは、作品の根幹に大きく関わるシーンである。はっきり言って、過去のどんな映画でも描写されたことのない種類の、衝撃的な描写とも言える。実際に各国の映画祭での上映では「ショッキングすぎる」と話題になったが、製作側の意向もあって、ノーカットの完全版で日本公開されることは、じつにありがたい。
その該当シーン以外にも『ボーダー』には何か所か、目を疑うような映像も出てくるのだが、『ぼくのエリ』での吸血シーンや、硫酸を浴びて助かった後の顔、ラストの惨劇などを考えれば、期待通りと言えるだろう。そしてまた、観終わった瞬間も、『ぼくのエリ』に近い後味が漂う。我々観客も、主人公のティーナと同じように、ボーダー=境界を越えた後の感慨を共有し、恐ろしくも美しき世界を体験した後の深い余韻に浸ることになるのだ。
文/斉藤博昭
税関職員のティーナは、違法な物を持ち込む人間を嗅ぎ分ける特殊能力を持っていた。ある日、彼女は勤務中に奇妙な旅行者ヴォーレと出会う。ヴォーレを見て本能的に何かを感じたティーナは、後日、彼を自宅に招き、離れを宿泊先として提供する。次第にヴォーレに惹かれていくティーナ。しかし、彼にはティーナの出生にも関わる大きな秘密があった―。
監督・脚本:アリ・アッバシ
原作・脚本:ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト
出演:エヴァ・メランデル、エーロ・ミロノフ、ヨルゲン・トーション、アン・ペトレーン、ステーン・ユンググレーン、ケル・ヴィルヘルムスン、ラーケル・ヴァルムレンデル、アンドレーアス・クンドレル、マッティ・ボーステッド
配給:キノフィルムズ
公開中
R18+
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公式サイト:border-movie.jp