普通に囚われないこだわり
本作を手がけたのは、オランダ生まれオーストラリア育ちのロルフ・デ・ヒーア監督。彼が脚本完成までに、10年以上の年月を要した本作は、予算や技術などすべてにおいて映画制作の普通に囚われない。
バビーが生まれて初めて触れる世界を観客も視覚・聴覚でそのまま体験できる手法が採用され、撮影監督に合計32名ものスタッフが代わるがわる参加したほか、バイノーラルサウンド録音でバビーの耳に届く音の刺激をリアルに再現するなど、一切妥協のない仕上がりになっている。これは劇場に足を運ぶ理由になるとともに、物語同様、音楽への礼賛が感じられる。
音楽の始まりは歌だという説がある。歌は、言語同様にコミュニケーションツールとして機能してきた。語彙能力が乏しいバビーが、ミクスチャー・ロックやラップロックと呼ばれるバンドのボーカルとして参加し、人気を得ていくのだが、これは奇行を繰り返す狂人が他者に受け入れられたことを意味する。ポエトリーリーディング・ラップをするバビーは、非常にカッコイイ。我々は自分の存在を創造することができる。本作はクリエティビティへの讃歌でもあると感じた。
スクリーンに映し出される、レンブラントの宗教画のような光と影も象徴的だ。人間の二面性、性的描写などなど、シーンによって登場人物の心情を表すようなライティングが美しい。本作において宗教、聖職者は重要なキーワードでもある。
そして、なにより本作の脚本、設定が巧みだ。
先にも述べたように、バビーは他人の言葉を繰り返す。彼に放たれるセリフのひとつひとつが伏線となり、物語が転がり、我々を驚かせていく。
そして描写を説明するようなセリフはなく、画面の情報、役者の演技だけで、状況設定を観客に分からせる。バビー役のニコラス・ホープが素晴らしく、分かりやすい喜怒哀楽から、何を考えているか分からない無表情まで、子どもが大人にふと垣間見せる顔そのままで演技する。だから、観客の想像力をくすぐる余地もある。例えば過激な内容が映し出されたとしても、スクリーンの隅から隅まで注意深く観て、そのセリフに耳をそばだててほしい。
神はいない
確かに本作は、コミュニケーションに難がある男が、閉じこもっていた場所から巣立ち、外の世界でさまざまな人に揉まれながら自分の人生を見つける話だが、この映画を『フォレスト・ガンプ/一期一会』のような感動秘話的捉え方はしないでほしい。
『悪い子バビー』では”生と死”、”欲と業”が、ルネサンス期の宗教画のように描き出される。バビーが豊満な熟女を好むのは、それでいう母性の象徴だからだろう。その最たるもの、大きな乳房を彼は何度も揉みしだく。
本作は最初から最後まで、画面のそこかしこに十字架をはじめとした宗教モチーフをあからさまに散りばめながら、内容に宗教的タブーをふんだんに盛り込むことで、宗教への拒絶を強く印象付けている。
実際、死んだとしても構造を変えて同じ原子になるだけで神はいない、といった神の存在を否定するセリフがある。
続けて、罪もない何百もの子どもを飢餓で虐待で見捨てて殺している神に跪けるかとさえ言う。
敬虔な信者は過剰な縛りを己に課す。2023年現在、いままさに行われている宗教対立。どんなに相手が憎くても人を殺してはならない。殺したり殺されたりするのは無意味だ。と本編では語られる。
バビーの行動は、我々の合わせ鏡だ。
よく「子どもが真似するから」と物事を諌める言葉があるが、まさにそれだ。バビーは周りを真似ているだけ。
原題『BAD BOY BUBBY』、日本発売のVHSタイトル『アブノーマル』とあるように、誰が悪い子？ なにが普通？ と観客に突きつけてくる。バットエンドでもハッピーエンドでもない。この世に救いが決してないわけでもない。善意の施しや奉仕もある。簡単に言えば”セックスと音楽”といったテーマに”宗教”を付けただけ。だがそこがヘヴィだ。
怪作だ、トラウマになる、かわいそう、哲学的だ、観客はいろいろな印象を持つことだろう。物語終盤、バビーが何をしたのか、はっきりと描かれていない。あの結末をどう観るかはあなた次第だ。
この世は残酷で美しい。そうありたいと願う人は、『悪い子バビー』を鑑賞してはいかがだろうか。
文 / 小倉靖史
「ドアの外に出れば、汚染された空気の猛毒で命を落とす。」そんな母親の教えを信じ、35年間、暗く汚い部屋に閉じ込められていたバビー。身の回りのすべてを母親が管理し、ただそれに従うだけの日々を送っていた。ある日、何の前触れもなく”父親”だと名乗る男が帰ってきたことをきっかけにバビーの人生は動き出す。言葉、音楽、暴力、宗教、美味しいピザ‥‥刺激に満ち溢れた外の世界に、純粋無垢なバビーが大暴走！行く先々で出会う誰もが彼の自由で荒々しいスタイルに巻き込まれていく。
監督：ロルフ・デ・ヒーア
出演：ニコラス・ホープ、クレア・ベニート、ラルフ・コッテリル、カーメル・ジョンソン
配給：コピアポア・フィルム
© 1993 [AFFC/Bubby Productions/Fandango]
公開中
公式サイト badboy-bubby2023
