Sep 01, 2023 column

ウェス・アンダーソンのフロンティア精神 『アステロイド・シティ』 

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未知との遭遇

宇宙という縦軸への開拓は希望と共に恐怖でもある。人は未知なるものに遭遇したとき、自分たちの世界が脅かされることをまず恐れるものなのかもしれない。『アステロイド・シティ』は、宇宙人との遭遇によって状況が変わっていく。サイレント映画の巨匠ルイ・フイヤードの描く吸血ギャング団、イルマ・ヴェップのようにも見える宇宙人の登場シーンは、ひたすら楽しい。『未知との遭遇』(1977)。ウェス・アンダーソン映画のプロダクション・デザインを手掛けるアダム・ストックハウゼンは、近年のスティーヴン・スピルバーグの映画を手掛けているというつながりがある。そして武装化する大人たちを出し抜いて天才少年少女たち=ジュニア・スターゲイザーたちが活躍を始める。

ウェス・アンダーソンの映画に登場する子供たちは大人びている。むしろ大人たちの方が子供っぽい行動だらけだ。ウェス・アンダーソンという映画作家を稀代のシネマ・スタイリストと認識するならば、コントロールの難しい子供が多く登場するのは矛盾していることに思われる。しかしウェス・アンダーソンは、むしろ積極的に子供を登場させている。ほとんど子供を演出することに執着していると言っても過言ではない。舞台裏のスチール写真では、背の高いウェス・アンダーソンが子供たちと同じ目線の高さで語りかけている姿をよく目にする。ウェス・アンダーソンには、子供という未知なる才能が自分の映画に何をもたらしてくれるか、その脅威を期待しているようなところがある。なによりウェス・アンダーソンの映画にとって、子供たちは大人たちを脅かす存在であり続けている。

そもそもウェス・アンダーソンのすべての映画は、予期せぬ事態が起こることを期待する行き当たりばったりの冒険映画だ。ミッジの娘ダイナは、地球より宇宙に自分の居場所を見つけている。ダイナの言葉を聞いたウッドロウ少年は、生まれて初めて自分と同じ種類の人間を発見したような喜びを覚える。宇宙人の発見は、誰の何の問題を解決してくれるものでもない。そのことが分かっている同志が手を取り合い、ウェス・アンダーソンの映画史上最大ともいえるカタルシスをスクリーンにもたらす。そこには自ら創造したアステロイド・シティという世界を破局させることの美しさがある。

「あなたが映画を作るのではなく、映画があなたを作るのです」と語ったのはジャン=リュック・ゴダールだが、この言葉は『アステロイド・シティ』という作品に当てはまる。映画という言葉を芸術、演技、または愛という言葉に置き換えることにウェス・アンダーソンの夢想はある。演技が私たちを作る。演技は私たちに先行する。愛が私たちを作る。愛は私たちに先行する。『アステロイド・シティ』は乗り遅れた列車が、それでも前に進んでいくことを肯定する。愛の大きさやスピードに私たちの身体が追いつけないことを受け入れてくれる、とびきりの傑作なのだ。

文 / 宮代大嗣

作品情報
映画『アステロイド・シティ』

時は1955年、アメリカ南西部に位置する砂漠の街、アステロイド・シティ。隕石が落下してできた巨大なクレーターが最大の観光名所であるこの街に、科学賞の栄誉に輝いた5人の天才的な子供たちとその家族が招待される。子供たちに母親が亡くなったことを伝えられない父親、マリリン・モンローを彷彿とさせるグラマラスな映画スターのシングルマザー、それぞれが様々な想いを抱えつつ授賞式は幕を開けるが、祭典の真最中にまさかの宇宙人到来!?この予想もしなかった大事件により人々は大混乱!

監督・脚本:ウェス・アンダーソン

出演: ジェイソン・シュワルツマン、スカーレット・ヨハンソン、トム・ハンクス、ジェフリー・ライト、ティルダ・スウィントン 他

配給:パルコ ユニバーサル映画

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公開中

公式サイト asteroidcity-movie.com