第97回アカデミー賞において助演男優賞(キーラン・カルキン)・脚本賞(ジェシー・アイゼンバーグ)にノミネートされている映画『リアル・ペイン~心の旅~』が1月31日に公開された。
本作は、かつて兄弟同然に育ち、近年では疎遠になってしまった従兄弟のデヴィッドとベンジーが数年ぶりに再会し、亡くなった最愛の祖母を偲ぶため、彼女の故郷ポーランドを旅する姿を紡いだロードムービーである。
本作で主人公デヴィッドを演じるのは、『ソーシャル・ネットワーク』で俳優としてブレイクし、『僕らの世界が交わるまで』で監督デビューを果たしたジェシー・アイゼンバーグ。さらに彼は、監督、脚本、製作を務める。W主演として、デヴィッドの従兄弟であるベンジー役を「メディア王〜華麗なる一族〜」で2024年にゴールデングローブ賞、エミー賞をW受賞したキーラン・カルキンが演じる。
家族愛と葛藤を描いた本作の魅力もさることながら、その神がかった演技が絶賛され、先日、第82回ゴールデングローブ賞の授賞式で映画部門 助演男優賞を受賞したキーラン・カルキンは、なぜベンジー役にハマったかを中心に本作について語りたい。
デヴィッドとベンジー
デヴィッドは、タクシーに乗り込みながら、離陸の3時間前に集合しようと、ベンジーに何度も何度も電話をかける。しかし、一向に電話に電話に出ないベンジーは、すでに空港のロビーに座って待っていた。デヴィットとベンジーの掛け合いのおかしみが、個人が抱える問題を浮き彫りにする冒頭の数分。ふたりの関係性と本作のテーマを観客に突きつける。
ジェシー・アイゼンバーグが演じるデヴィッドは、華やかさはないものの安定したIT業界で働き、ブルックリンの自宅に妻と子供がいる地に足がついたように見えるキャラクター。対するベンジーは、情熱的でチャーミング、自由奔放で人を魅了するが、どこか危うさをあわせ持ち、アンバランスな一面も。しっかり者のデヴィッドと、どこか子どものようなベンジー。この関係性が爆発的なダイナミクスを生み、そして笑える。
しかし、物語が進むうちに、ベンジーは躁状態で、心の混乱をコントロールできずにおり、デイビッドは薬で自分を抑制していることがわかる。
ベンジーは「ぼくらは米国人だと思っているけど、ポーランドで生まれた世界線もあるんだ」と、銅像の前ではしゃいでいたかと思えば、「情報の羅列は冷たく感じる。リアルではない」と、ツアーガイドに食ってかかる。それをなだめるように、デヴィッドはみんなの調整役を買って出るが、愛らしいベンジーの行動にいつしかみんなが魅了される。
例を挙げると、「肉は食うけど、家畜の屠殺のことは考えない」と、痛みの無自覚さ、当事者意識の欠如についてツアー参加者同士で話していると、デヴィッドは「いつも悲しんではいられないだろう」とデヴィッドは言う。これに対して、「ホロコースト・ツアーという、悲しむべきときに悲しまないでどうするんだ」とベンジーが答える。
ツアー参加者のなかには、ユダヤ人に家族のルーツを持つ者が参加している。彼らはホロコーストに痛みを感じやすい人々でもある。ワルシャワ・ゲットーの英雄記念碑、ワルシャワ蜂起記念碑、そして最終目的地に、ナチス・ドイツが設置した強制収容所のひとつ、ルブリン強制収容所・マイダネクといわゆる史跡を巡る。我々日本人に置き換えると、広島、長崎にある原爆資料館、知覧特攻平和会館、そして大震災の被災地などが挙げられるだろう。
そして、”ホロコースト・ツアーで贅沢な1号車”に自分が乗っていることと、かつてユダヤ人がこの線路の上で鮨詰め状態で強制収容所に送られたというファミリーヒストリーと比較して、ベンジーは強い違和感を感じ、一人その場を離れてしまう。
ベンジーは感受性が豊かである。ただ、それだけですませていいのだろうか?