30歳という若さで数々の映画を撮り、末来を嘱望される監督・松居大悟。その独特な感性とリアルな時代を描写する手腕が投影されたのが、この『アズミ・ハルコは行方不明』だ。原作との出会い、今心に抱えている野望、蒼井優や石崎ひゅーいのキャスティング秘話などをしっかりと話してもらった。
若い僕ら世代にしかやれないことをしたい
──今作を映像化するに至った経緯を教えて下さい。
今作を一緒に作った枝見プロデューサーと3年ほど前に出逢ったんです。当時、僕とプロデューサーは同じ28歳で、「僕ら世代でしかできないことをやりたいよね」ということを話していて。その時に、この映画の原作である山内マリコさんの『アズミ・ハルコは行方不明』が刊行されたんです。この本の主人公も28歳で、僕らと同世代。彼女は行方不明になりますが、ステンシルグラフィティでその存在が増幅していく物語が、ものすごく映像的だと思ったんです。その瞬間、「これだ!」ってひらめいたんですよね。
──「自分たちの世代でなにかやってやろう」という気持ちは、常にあったんですか?
最近になってより強くなりました。もちろん、年上の大先輩と作品を作ることもすごく勉強になりますが、同じ世代の人たちと作るからこそ、共通言語もあるし、歯を食いしばり作っていく過程がしっかりと画面に反映される気がするんです。なにより、僕ら世代の映画を年上の監督が撮るのを見ると、すごく悔しいんですよ。きっと、僕らよりも下の世代は、より彼ら目線の景色や感情を反映している作品を見たいよなと思っていて。
──リアルな温度、景色はその世代にしかわからないものですよね。
SNSなどもいい例ですよね。よく、上の世代の方はケータイがない時代の方がドラマが生まれやすくて恵まれていたって教えてくれるんですが、言ってしまえばその世代を僕らは知らないんです。でも、メールが来るか来ないかでドキドキしたり、送るか送らないかで苦しむのも十分ドラマなんですよ。それなのに、勝手にドラマがないとは思われたくないので、自分達が感じたリアルな感覚を大事にしたいと思うんです。それに、「ステンシルグラフィティをして感動する」という行為だけでなく、それをいろんな人にネットで“いいね”されてテンションが上がる方感覚を大事にしているんです。
──たしかに、いまの20代は、現地に行くことよりも、行ったことをみんなに見てもらうことの方が、ステイタスが高いように感じます。
花火やハロウィンも、もちろん楽しんでいるんですが、それをSNSにあげることが重要なんです。それを主軸にした映画は、まだやられていないからこそ、開拓している気がするんですよね。
蒼井さんは、言葉を選ばずに言えば“化け物”のようでした
──監督と同じ年齢の蒼井優さんを主演に選んだのはどうしてでしょうか?
蒼井さんのことは、もともと学生の頃からずっと見ていたし、憧れの存在だったんです。それに同じ年齢だからこそ僕たちのやりたいことを伝えてくれると思ったんです。実際に一緒に映画を撮ってみて、言葉を選ばずに言えば“化け物”だなって思ったんです。きっと、いろんな傷を負ってきたからこそ、切り替えがものすごく早いんですよ。どんなに号泣しているシーンも、カットがかかった瞬間に表情ががらりと変わるんです。でも、そうならないとこの女優という仕事は続けられないよなとも思いました。演じるたびに、自分に傷をつけていたら絶対に続けられないし、あらためて女優業って過酷だなと。
──蒼井さんはいい意味でフラットに演じられていたんですね。
クランクインする前にしっかりと準備をしているからこそ、どんなものにも対応できているんですよ。これは間違いなく、才能だと思います。
──原作にはない、春子が失踪するきっかけとなるシーンはとても印象的でした。
春子が、曽我(石崎ひゅーい)に対して本当に不安で、自分を見てほしかったという想いをどうしても出したかったんです。それだけ、春子が追い込まれていたことを表現するためには、絶対に必要なシーンだったんですよね。
曽我の役は石崎ひゅーいしか思いつかなかった
──この曽我を演じた石崎ひゅーいさんは、映画初挑戦となります。なぜ彼を起用したのでしょうか。
最初にキャスティングを考えたときに、曽我の役って、お芝居にすると想像しやすかったんです。少し髭をたくわえて、ボソボソしゃべるような…いわゆるヒリヒリした単館系日本映画になりそうだったので、それだけは絶対に嫌だと思ったんです。曽我を演じられる、危機感のなさと、地方から出ようともしていないぼんやりと生きている姿を具体化できる人…でも、話していると、ぐっと引き込まれるような人間がいいと思ったら、ひゅーいがすぐに浮かんだんですよ。彼とは以前から知り合いで、僕の方が年下なんですが、出会ったその日からタメ口で話していたんです。僕はわりと気をつかうタイプなんですが、彼の雰囲気がそうさせなかったんですよね。その安心させるような空気感は、なかなかだせるものではなくて、そう考えたら、もう曽我はひゅーいしか考えられませんでした。
──共演者とひゅーいさんの化学反応も強くでたのではないですか?
キャリアの長い蒼井さんとは、演技力で戦わせるよりも、変な動物を投げてみようという感覚で挑みました。蒼井さんはきっとワクワクしただろうし、ひゅーいは少し緊張していて…。その空気感が、本当に春子と曽我っぽくてすごくよかったですね。
女性たちから“聞く耳を持ちまくった”撮影でした
──監督はこれまで、男性をリアルに描いた作品が目立っていましたが、今作では女性目線の作品の様に感じました。何か心境の変化があったんですか?
この原作を撮ろうと思ったときに、主演、原作者、プロデューサーみんなが女性だったんです。その人たちの言葉や話がとにかく面白くて強くて、もう僕はこの人たちに飛び込もうと思ったんです。僕はどうしたって男からみた女性しかわからない。それなら命を吹き込んでくれるのはこの人たちだし、それに対し信頼していたので、迷いはありませんでした。女性の強さを描いた映画になっていると思うので、ぜひ体感してもらいたいです。とにかく、僕自身は、その女性たちからの聞く耳を持ちまくった映画でした(笑)。
──今作を撮影して、女性への見方は変わりましたか?
なんてたくましいんだろうと思いました。男のうける何百倍もの傷を受けているのに、どんどん強く生きて行くんです。それに対して、男って、すごくダサいなとも思ったんです(笑)。こりゃ、女性にはかなわないなと思いましたね。もちろん、男性も見てもらえたら、気づくことがたくさんあると思うので、ぜひ衝撃を受けてほしいです。
──ありがとうございました。最後に、監督のオススメの作品を教えて下さい。
今読んでいるのが、綿矢りささんの「憤死」です。綿矢さんの作品には、男には絶対に見えない景色を描いているように感じていて、情景描写に温度を感じることが出来るんです。僕も映画を観ながら匂いを感じるものを作りたいと思っているので、すごく参考になるんですよね。この『憤死』は短編集なんですが、久々に男性が主役のエピソードが入っていてワクワクしながら読みました。
取材・文/吉田可奈
撮影/吉井明
松居大悟
1985年生まれ。福岡県出身。劇団ゴジゲン主宰、全作品の作、演出、出演を担う。09年NHK『ふたつのスピカ』で同局最年少のドラマ脚本家デビュー。12年2月『アフロ田中』で長編映画初監督。その後『自分の事ばかりで情けなくなるよ』『スイートプールサイド』など作品を発表し『ワンダフルワールドエンド』でベルリン国際映画祭出品。『私たちのハァハァ』でTAMA映画賞最優秀新進監督賞受賞。原作を手掛けた漫画『恋と罰』が連載中。
『アズミ・ハルコは行方不明』
山内マリコの人気小説を映画化。突如、街中に拡散される女の顔のグラフィティアート。無差別で男たちを襲う女子高生ギャング集団。平凡だった安曇春子の失踪をきっかけに、交差する、ふたつのいたずら――。トリックのように描かれる時系列の異なる安住春子(蒼井優)の人生と、二十歳の木南愛菜(高畑充希)の人生が鮮やかに、そしてリアルに描かれ、共感せずにはいられない。さらに春子が失踪するきっかけとなる一人の男、曽我役としてミュージシャン・石崎ひゅーいが初めて演技に挑戦。驚くほど自然に、ミステリアスなダメ男を演じ、物語に色を添えている。プロデューサー、監督、主演女優が同じ年という奇跡のトライアングルが生んだ、フレッシュで型にはまらない、エネルギーに溢れた作品になっている。
監督:松居大悟
原作:山内マリコ「アズミ・ハルコは行方不明」(幻冬舎文庫)
出演:蒼井優 高畑充希 太賀 葉山奨之 石崎ひゅーい
菊池亜希子 山田真歩 落合モトキ 芹那 花影香音 柳憂怜・国広富之 加瀬亮
脚本:瀬戸山美咲
音楽:環ROY
制作:丸山陽介
エグゼクティブプロデューサー:大田憲男 藤本款 伊藤久美子 小西啓介 本田晋一郎
プロデューサー:枝見洋子
主題歌:『消えない星』チャットモンチー(Ki/oon Records)
配給:ファントム・フィルム
12/3(土)より、新宿武蔵野館ほかロードショー
©2016『アズミ・ハルコは行方不明』製作委員会
公式サイト
http://azumiharuko.com/
「アズミ・ハルコは行方不明」山内マリコ/幻冬舎
平凡に生きていただけなのに、ある男に再会してしまったために失踪した安住春子と、今をふらふらと生きる20才の愛菜、そして女子高生のギャング団という三世代の女たちの生き方をリアルに浮彫にした青春物語。映画では描かれなかった三者三様の心情に、より共感を覚える。誰もが抱えたことのある辛い傷をえぐり出すような感覚を味あわせながらも、最後には爽快な気持ちにさせてくれる一冊。
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「憤死」綿矢りさ/河出書房新社
「命をかけてた恋が終わっちゃったの!」失恋して自殺未遂をしたと噂される女友だちが語る真相とは。心の闇に誘い出す4つの短編集。これまでの作風とは違う、新たな魅力を感じる著者初の連作短編集。
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