グスタフ・モーラー監督のサスペンス『THE GUILTY/ギルティ』が公開された。本作は“電話からの声と音だけで誘拐事件を解決する”という設定を軸に、予測不能なストーリーで観客を翻弄するデンマーク発のワン・シチュエーション作品だ。聴覚をフル回転させる本作は上映時間88分とコンパクトながら、綿密かつ周到に作り込まれた物語に誰もが唸らされるはず。今回はそんな野心作『THE GUILTY/ギルティ』を紹介するとともに、デンマーク関連作やワン・シチュエーション映画の魅力を紹介しよう。
“聞き逃し”厳禁! 新鋭監督が描いた、想像力への挑戦
『THE GUILTY/ギルティ』を世に送り出したグスタフ・モーラー監督は、本作が記念すべき長編デビュー作となった。作品をざっと分解してみると、新人監督・上映時間わずか88分・緊急通報指令室での電話だけで展開・メインキャストはほぼひとり……そう聞いて、こじんまりとした小品のように感じてしまうかもしれない。ところが蓋を開けてみれば、新人らしからぬ巧みな物語の展開に、電話のやり取りのみで観客に驚きを与えるアイデア、主人公を通して見えてくる人間の性質など、88分の中に濃厚なエッセンスが詰め込まれていたのだ。
本作は緊急指令室にかかってきた1本の電話によって、物語が動き始める。主人公アスガー・ホルム(ヤコブ・セーダーグレン)のヘッドセットに届けられる、怯えきった女性の声やその背後で響く環境音。物語はアスガーとそれらの“音声”が対になりながら展開していくが、外の視点が描かれることはない。カメラは常にアスガーを捉え続け、彼が表情に刻む焦りや疑念はおそらく観客も同じように体験する感情のはずで、それを見越した上でモーラー監督はワン・シチュエーションというテーマを選んだのではないかとすら思える。本作は極めて実直な“体感型映画”というわけだ。
本作はそんな野心を持ったモーラー監督からの、観客へ向けた“挑戦状”でもある。本来なら描かれるべきところの電話の“向こう側”は一切見えず、その音声だけを頼りに想像するしかない。女性が置かれている環境は? そばで聞こえる荒い息遣いは? 環境音は? それらを組み立てながら、そして声を頼りにしながら電話の向こう側で「何が起きているのか」と想像を膨らませる。間違ってもそれは映画の余白が多いのではなく、むしろモーラー監督が緻密に張り巡らせた“世界”が広がっていると捉えた方が良い。その点を踏まえた上で作品に挑めば、なぜモーラー監督が緊急指令室を舞台としたワン・シチュエーションにこだわったのか、その意味が見えやすくなるかもしれない。
電話の向こう側にいる人物のキャスティングにあたって、モーラー監督は声だけでオーディションを行ったという。なるほどその方法も見事で、たとえセリフ(文字)のみのであっても声音には“感情”を込めることができ、決して小説的な表現にはならない。それだけで電話の相手は血が脈々と流れる生身のキャラクターだと感じさせ、視覚的にはアスガーしか映っていなくても“人対人”の物語であることが伝わってくる。そんなアスガー自身も内面に抱えているものがしっかり描かれており、事件の果てに見えてくる、深い余韻を残すラストカットの意味をじっくりと考察してほしい。