『博士と彼女のセオリー』のジェームズ・マーシュ監督作『喜望峰の風に乗せて』が公開された。本作では単独無寄港による世界一周ヨットレースに挑戦した実在の人物、ドナルド・クローハーストをコリン・ファースが演じている。幅広い演技力で男女問わず魅了するコリンだが、今回は過酷極まる孤独なヨットレースを通して、人間の深い性をあぶり出す演技が必要とされた。コリンはクローハーストという男の中に何を感じ、そして演じる上でどのように表現してみせたのか。『喜望峰の風に乗せて』での姿と合わせ、コリン・ファースという役者の魅力に迫りたい。
ただの“海洋冒険モノ”ではない濃厚なドラマ
本作のジェームズ・マーシュ監督は、昨年3月にこの世を去った車いすの天才物理学者スティーヴン・ホーキング博士にスポットを当てた『博士と彼女のセオリー』(14年)が高い評価を受けた人物。映像美にこだわりながら、スティーヴン・ホーキングという稀有な頭脳の持ち主を冷静な視点で見つめ、ホーキング役のエディ・レッドメインにオスカーをもたらした。そんなマーシュが改めて挑んだ実録海洋ドラマ『喜望峰の風に乗せて』は、アマチュアながら過酷なヨットレースに参加したクローハーストという人物に敬意を払いつつ、しかし同時に彼が辿った“真実”を克明に描き上げる作品となっている。
海洋上のクローハーストと陸に残した家族やその周囲を交互に描きつつ、無意識のうちに作品のテーマが浮かび上がってくる構造は、まさに物語を冷静な視点で捉えるマーシュ監督の手腕が光るところ。出航をためらうクローハーストの姿や、事前の準備が整っていない状態でレースへと参戦する状況においても、本作が“夢追い人”を追った単純なドラマ作品ではないことを観客はじわじわと突きつけられるはずだ。胸に抱え込んだ不安の種はクローハーストが海洋上でついた1つの嘘をきっかけに爆発し、彼にまとわりつく孤独感もあって一層際立っていく。その先に見える人間の本性は、“冒険”という聞こえはいい言葉の裏にある“現実”まで掘り下げていて、これまでの海洋冒険ドラマとは一線を画す余韻を観る者の胸に残す。
人間性を浮き彫りにしたコリン・ファースの名演
コリン・ファースはクローハーストを演じるにあたり、彼が遺した航海日誌を読み込み幾度となく録音テープも聞いたという。“人は途轍もなく危険なことに取り組む”という観点からコリンはクローハーストの行動に理解を示し、様々な資料から彼の中にある良識や優しさを感じ取っていたのだ。そういったアプローチは映画を観れば如実に表れており、家族への接し方や資金集めに奔走するクローハーストがふと見せる人懐こい笑顔からも、コリンがいかにうってつけのキャスティングだったのか分かる。だからこそ余計に、クローハーストが過酷な自然環境やヨットの不備によって追い詰められ、やがて焦燥感や苦悩がありありと滲み出ていく様子は息を詰まらせるものがある。
観客はクローハーストに対して、レースへの参加表明やその後の行動など「なぜそんなことを」と延々問い続けることになるはず。そんな疑問に対し、コリンは演技という方法をもってクローハーストの“代弁者”となっていたのではないだろうか。ますます渋さを増して人間味あふれる俳優になったからこその説得力があり、映画の中のクローハーストに等身大の人間性を与えているように思える。繊細な演技で刻々と変化をつけるコリンの表情に、ぜひ注目してほしい。