山時聡真×菅野美穂インタビュー どうにもできない現実で出会った、悪人のいない優しい世界『90メートル』

ひたむきな息子役、導く母親役

——脚本を読まれたときの印象と共演が決まったときの印象、それぞれ教えてください。

山時 演じた佑の年齢が近いこともあって、佑の置かれた環境を重く受け止めました。母親の息子に対する想いや、逆に佑が母親に言いたかったこともあったりして、それぞれが葛藤していることに、すごく胸がギュッと締め付けられました。でも「そんな状況でも、親子の愛や周りの人の優しさを感じることができる心が温かくなる作品だな」と思いました。今回、母親役を菅野さんが演じられると聞いて、すごく嬉しかったです。出演された作品をいくつも拝見していましたし、今回が初共演だったので「僕が本当に佑でいいのかな? 」と思うぐらい緊張していました。菅野さんの息子役を演じさせていただくことで、すごく不安でもありましたけど、とても心強かったです。

菅野 母親に対する気持ち、息子に対する気持ち、それぞれの気持ちがあるけれど、そこには、どうにもならない現実がある。そんな環境が、本当に息が詰まるようでした。そして本作で、中川監督が「どのように演出されるのかな? 」ということも楽しみに思いました。

監督が美咲さんを私にと思っていただいて、受けるかどうか迷いもあったんですけれど、誤解を恐れずにいうと、きちんと役に向き合えば「私も育児中だし、何かできるかもしれないな」と思ったんです。私、最近ドラマや映画をほとんど観ていないんですけど、山時さんの演技は拝見していて「目がすごく印象に残る俳優さんだな」と思っていたんです。今回、ご一緒できると伺ったときは、とても楽しみでした。拝見した作品が熱い男の役柄だったので「佑を演じると、どうなるのかな? 」と思っていたんですけれど、お会いしてみたら、むしろご本人は佑の柔らかい感じに近い方でしたね。

——実際に一緒にお芝居されて、どんなことをお互いに感じましたか?

菅野 山時さんの素直なところが佑にぴったりだと思いました。多感な時期で、学校にも通っているから周りの目もあるし、そんな中で演技に集中しなきゃいけない。いろいろと複雑なことが入り混じっている山時さん自身の状況が、佑の複雑な思いとか環境と重なっているようにも見て取れました。撮影期間中、「毎日ご自身の中で得るもの、掴むものがある時期なんじゃないかな」と思いながら見ていて、そのひたむきさに感心していました。

山時 一番近くで菅野さんのお芝居を見て、毎回鳥肌が立つ感覚がありました。菅野さんは、リハーサルやテストのときから、本気でお芝居をされるので、僕もテストのときから、感情が溢れ出そうになりました。プロフェッショナルすぎて、僕もずっと気を引き締めていました。

あと菅野さんが撮影中に「私の爪を切って」と言ってくださったんです。正直すごく怖くて(笑)。「間違って、手が滑ってしまったら‥‥」と気後れしていたんですが、菅野さんが「介護をする気持ちで」と言ってくださったことで、「作品で描かれてないところで、佑はこういうこともしてるんだな」という感覚を与えてくださいました。その後からは「いつも佑ってどんなことをしてるんだろう?」と想像するようになったので、すごく感謝しています。程よい距離感を保てていたのは、菅野さんの優しさのおかげだと思っています。

病気の母、介護する息子

——この親子の置かれた状況を理解することは、頭ではわかるけれど、心が追いつかない部分があったのではないかと思っています。どのように役を作り上げていったのか教えてください。

菅野 私の演じた美咲さんは、できることができなくなっていくことに向き合わなきゃいけない病気になります。本当に残酷な現実で「自分だったら‥‥」と考えれば考えるほど、わからなくなっていくんです。この間、ジムの先生に「今日が元気で過ごせるんだったら、それ以上は全部欲です」って言われたんです。そう考えると、映画の中の設定に比べたら「自分は、なんて欲だらけなんだ」と思うんですよね。美咲さんは息子の未来を考え、たくさんの時間を使って、たくさんの葛藤があったと思うんです。私も母として、自分がいざそうなったら、美咲さんみたいになれる自信が全くなくて。「こういう母になれない私だからこそ、素敵な女性を演じさせていただくんだ」と思いました。山時さん、ケアマネ役の西野さん、監督、撮影チーム皆さんと”想い”がそろっていたので、全体がうまくいったんだと思います。山時さんや監督をはじめ、現場で皆さんに助けてもらいました。今振り返ってみると、自分がやったことは、しっかり届くように、伝わるように演じようっていう気持ちしかなかったですね。

山時 介護の練習を始め、看護される側の気持ちも調べて学びはしたんですけれど、最終的に佑の気持ちとか、母親の気持ちをすべて理解できたわけではないです。正直、撮影中もよくわからないまま演じていた部分もありました。でも、今回ありがたいことに、ほとんど順撮りにしてくださっていたんです。撮影で、介添えや車椅子を動かすことを身をもって体験することで、どんどん体に染み付いてくるんです。最初より後に撮ったシーンの方が、明らかに役柄を理解できていると感じました。撮影しながら悩んで、理解していったことが、役作りに繋がったんじゃないかと思います。

母親の存在とその距離感

——おふたりにとって母親はどんな存在ですか?

山時 教師のような存在です。母を見て、母にいろんなことを教わって育ってきたので、母にすごく似ているんです。過保護なところもあって「言い過ぎでしょ」と思うところもあるんですが、そういうとこも含めて、いつも細かいところまで見られている感じがします。

菅野 私も遺伝子の強さをすごく感じています。なんか嫌だなと思うところが似てくるんですよね (笑)。いまだに教わり続けているところもありますけど、この年になってくると「昔はこうだったけど、今違うよ」とか私の方から母に伝えなきゃいけないことも出てきます。昔は与えてもらうばっかりだったけど、それが今、お互いやり取りする立場になったかなと思います。母が安いランチを食べて喜んでいるところを見ると、すごくいいなと思うんですよ (笑)。「もっとTVのランチ特集とかリサーチして教えなきゃ」って思っています(笑)。

——おふたりは母親と、今どんな距離感で接していますか?

菅野 私と母は映画のような優しく柔らかな距離感というより、仕事のときや困ったときに手伝ってもらう、現実的な関係です。「母が元気でなきゃ困る! 」みたいな感じですね (笑)。自分が子どもだったとき、当時の母の気持ちなんてわからなかったけど、今、子育てを通じて、「母はあのとき、こういう気持ちだったかな? 」とか、気持ちの共有ができているような気がします。距離感は近くなっていると思います。私は、子どもが2人いるんですけど、私自身は3人兄弟なんです。3人育てるのと2人育てるのは全然違うので、改めて「母親ってすごいな」と思うんです。でも、母は、どこか抜けているところもある。「私もこういう風になっていくのかな‥‥」と思うと、「いいなぁ」と思う反面、「気をつけなきゃ」とも感じています (笑)。でもやっぱり、私にとってかけがえのない大事な人ですね。

山時 母とは仲良しで、距離感もすごく近いんです。じつは、この作品のオーディションは”自分の母親と電話をする”というものでした。今までは、俳優としての自分を見られている感覚があったんですが、今回は実際に自分の母親と話すというものだったので、素の自分を見られていたという感覚です。僕が質問して、母が答えてくれるという形で会話をしていたんですけど、母の言葉を受けた自分の表情とか、そういうところも見られていたんじゃないかなと思います。その結果、この作品に参加できたということは、「自分と母の距離感が、佑と美咲さんに通ずる部分があったのかな」と、今振り返ると思います。

菅野 そうかも。美咲さんの方が佑にあれこれ言う感じだもんね。

山時 そうですね。「どれだけ愛情を受けて育ってきたか? 」みたいなところも見られていたのかなと思いました。

——素敵ですね。なかなか言えないですよ。

山時 好きなんです、家族が。

菅野 世代なのかな。すごいよ、素直にそう言えるのは。

親子役の2人が一番感涙する映画

——完成した本編をご覧になっていかがでしたか?

菅野 初号試写は、山時さんと一緒に観たんです。

山時 隣で並んで観ました。二人して、すごかったですよね (笑)。

菅野 めっちゃ泣きました。「自分が出ているのに、こんな泣く? 」って思いながら (笑)。

山時 後ろから見ても、前から見ても「あのあたりの人たちが異常に泣いてるぞ」ってわかるくらいだったと思います (笑)。母親のシーンを観ると、改めて実感が湧きますよね。「知らなかったところでこう思っていたんだ」とか、バスケ部の仲間が、佑がいないことを我慢していたことを言いあうシーンとか、観ているとすごく胸にグッとくる。台本は読んではいましたけど、映像で観たときに、愛情や友情がより心に響いて、涙が本当に止まらなくなったんです。

菅野 自分の気持ちを抱えながらも親子がお互いに相手のためを思うところや、佑とバスケ部のお友達とのやり取りや、ケアマネさんたち、みんなで親子を支えようとしてくださる姿も、みんなの優しさに涙が出ました。それを包んでいるのは監督の優しさで、監督の人柄が出ているんだと思います。それと、この作品には、山時さんの10代最後の時間、19歳の特別な輝きがあります。「作品としてすごくいい残し方だなぁ」と感じました。1月に撮影して、山時さんが6月に20歳になっていたので、初号を観たときには乾杯ができました。すごくいい思い出です。

山時 菅野さんが連れていってくださって、とても嬉しかったです。

菅野 本当に「俳優として大切な時期に共演させていただけたな」と思っています。

——これから本作を観る皆さんに向けてメッセージをいただけますか。

山時 高校生から取材される機会があったんですが、そのときに「この作品をどう思いましたか? 」って聞いたんです。そうしたら公開日が3月27日なので「卒業する前の高校生でいる間に観たいな」と。”人によって観るべきタイミングがあって、そのタイミングだからこそ受け取るものがあるんだな”と感じたんです。誰と観るかも重要だし、この先何回でも観返すことができる作品だと思います。

作中の親子と境遇は違うかもしれないですけど、みなさんが共感できる部分がたくさんあると思っています。撮影中もスタッフさんが、泣いていたこともありました。観ている人が、自分事のように落とし込める素敵な作品だと思うので、どの世代でも、記憶に残るような大切な作品になるんじゃないかなと思います。

菅野 中川監督が「僕は今まで過ごしてきた中で、”わかりやすい悪人”に会ったことがないんです」とおっしゃっていたんです。それは”中川監督がいい人だからですよ”と思ったんですけど、監督のおっしゃっていることもわかるんです。今、世の中に響く作品って一滴の毒があったりするじゃないですか。そういうのがないと世の中には受けられないって  (笑)。若い人たちの息が詰まるような世界観のなかで、どこか同じ境遇だと思えるような共感がある。そういう闇を抱えた作品の方が多いと思うんですけど、この作品は真逆なんです。透明で、とっても優しい作品です。

山時くんの透明さ、監督の優しさ、主題歌を務めた大森元貴さんの清らかさがそろったのはすごいなと思うんです。”人生は素晴らしい”ということを監督はじめ若い人たちがおっしゃっていること自体が、メッセージになっている。そこが、この映画の素敵なところだと思います。

取材・文 / 小倉靖史
撮影 / 立松尚積

映画『90メートル』

小学生の頃からバスケットボール一筋だった佑。高校2年のとき、母・美咲が難病を患ったことで、母子家庭で育った佑はバスケを辞め、美咲の世話を優先せざるを得なくなる。ヘルパーの支援はあるものの24時間体制ではないため、佑が美咲のケアをしながら家事をこなす日々を送っていた。高校3年生になった今、東京の大学に進学したい気持ちはあるが、美咲を一人にするわけにはいかず、常に手元にある呼び出しチャイムの音が、佑の心に重くのしかかる。その看病が一生続くかのように、自分の夢や希望はすべて諦めかけていたある日、担任の先生から自己推薦での受験を勧められる。しかし、日に日に身体の自由を失っていく美咲の姿を見ると、上京したい気持ちを打ち明けられずにいた。

監督・脚本 : 中川駿

出演:山時聡真、菅野美穂、西野七瀬、南琴奈、田中偉登

主題歌:大森元貴「0.2mm」(ユニバーサル ミュージック / EMI Records)

配給:クロックワークス

©2026映画『90メートル』製作委員会

3月27日(金) 全国公開

公式サイト movie90m.com