芳根京子インタビュー ふたりが幸せであればそれでいい『君の顔では泣けない』

挑戦的な新しい入れ替わりの物語 設定は複雑 役作りはシンプルに


――最初に本作へのオファーを受けたとき、この作品に対して、どんな感想をお持ちになりましたか?

この『君の顔では泣けない』は、心と体が入れ替わる作品と言われて想像する設定や物語とはひと味違い、元に戻ることがゴールではなく、その先の”果たして戻りたいと思うのか?”というところまで描かれた物語なので、だからこそすごく難しいし、相手のまなみ役は誰が演じられるのかがすごく気になりました。とにかく”挑戦的な作品だな”という印象を受けました。

――坂平陸という役柄を演じる上で苦労した点はありましたか?

入れ替わりという意識があるので難しく考えてしまいますが、役作りとしては、これまでの作品とやることは変わりはないんです。ただ演じる人物が自分とは性別の違う、バックボーンも少し複雑。そこまで紐解くことができたら気持ちが軽くなりました。

――作品を拝見すると入れ替わり映画という先入観がなくなって、芳根さんはただ陸の役を演じているだけだという理解になりました。

そう言っていただけると嬉しいです (笑) 。入れ替わりと言うと”お互いの役を理解しなければ”と思ってしまいますが、私は陸の理解者である、ただそれだけで良くて。

監督から「一度、陸とまなみの役柄を入れ替えてリハーサルをやってみませんか?」と提案していただいたこともあったのですが、「陸とまなみが元の体であるシーンが本編でも描写されていないところが面白いところだと思っているので、私はやらない方がいいのかもしれないと思うんです」と、提案をさせていただきました。

リハーサルを重ねていくと、私たちの軸がしっかりしていれば、よりうまくいくのでは?とみんなで発見していった感じですね。演じさせていただく上で迷いはありましたが、”ちゃんと役を組み立てていけば、仕草は後からついてくる”というように考えました 。

この世界で理解者はあなただけ

――水村まなみ役の髙橋海人さんとは初共演でしたが、撮影を通じてどんな印象を受けましたか?

お芝居をさせていただいてすごく楽しかったです。本当に陸とまなみのように、「それ辛いよね。わかるわかる。そうだよね」と言い合えて、一緒にもがいて、一緒に進んでくださったから、すごく心強かったです。

それと、15年という年月を描いていることもあって、すごく繊細な作業が多かったんです。今日は30歳だけど、明日は21歳もあったし、1日の撮影の中で年代が変わる日もあったので、自分が行方不明になることもありました (笑) 。「今、私たちはいつを生きてるんだろう?入れ替わって何年目?今までどんなことがあった?」と確認し合っていましたね。

――月日を重ねる順番に撮影していないと、時系列がわからなくなりますね。

「苦しい」という感情を共有できたのも良かったと思います。苦しいといっても、”全速力で走った苦しさ”といった体力的な苦しさではなくて、”あなたの気持ちも分かる。でも私もこういう気持ちで、いやでもそうだよね‥‥”という複雑で精神的な苦しさなんです。

そういった内容の全てを言葉にしなくても「苦しい」という感覚を、お互いが同じ温度で持てていたと思います。”相手の気持ちに寄り添える”というより、”同じ気持ちでいる人がここにもいる”というのがすごく安心できました。

役柄的にも陸はまなみに対して、「俺、合ってるよね?」と答え合わせをしてしまう。けれど、まなみからしてもわからないじゃないですか。でも、まなみは「間違ってないよ」と言ってくれる。お互いの「苦しさ」を確認し合えたのは良かったです。

15歳で人生が変わってしまったら

――本編をご覧になっての感想はいかがでしたか?

どの出演作品でも、最初はなかなか冷静に観ることはできないのですが、2回、3回と観たときに”自分がもし15年入れ替わったとしたら、15年前は13歳‥‥”と考え込んでしまって (笑) 。やはり自分の人生は自分のもので、過去の日々の一瞬一瞬の積み重ねがあるから今がある。それを他の人に託すことになってしまう。託すって言っても、陸とまなみは託すと考えなければいけない状況だから言っているというところもあって。彼らからすると”奪われた”という感覚かなと感じました。

明日、急にそうなる覚悟もできてないし、”「やり残したことがたくさんある! !」と思ってしまうな”と考えたら、これまでの人生も大切にしたいし、今やりたいと思うことは、しっかりとやりたい。いつかこんな人生が訪れるとは思っていないけれど、自分の人生を悔いなく生きたいと思わせてくれる作品だなと思いました。

――陸とまなみが入れ替わった15歳という年齢のとき、芳根さんはどんな女の子だったんですか?

15歳で事務所に入りました。自分の人生がどうなるかは分からないタイミングでした。なので、もし違う人物と入れ替わってしまったら?という状況に、いまの年齢より15歳の方が、もう少し楽観的にいられたかもしれません。”いつか戻る”というように。

やはり20歳、22歳など大学を卒業して社会に出る年齢になってくると、人生が大きく変わっていくかもしれないじゃないですか。”ちょっと待って。踏ん切りはどこでつける?”と思いますよね。

芳根京子は元に戻りたい?

――本作のように、15歳で誰かと入れ替わったとして30歳のとき芳根さんは元の体に戻りたいですか? 

自分がいま陸だとしたら、もう戻れない。戻りたくない!となっているかもしれません。0歳から15歳まではまなみ、15歳から30歳までは陸の人生。確かにスタートはまなみだけれど、”人生の割合はどっち?”と思ってしまいます。結婚して子どもが生まれて‥‥となるとやり直しがきかない。母親になっている今。それを手放すことが果たしてできるか?と。一番苦しいポイントですよ。

自分独りの人生だったらどうにでもなる。家庭ができると、もう自分独りだけの人生ではないから。でも元の体に戻りたいという、まなみの気持ちもわかります。

――なかなか決断が難しいですよね。芳根さんはこの映画の結末をどう感じましたか?

私はこのラスト、すごく腑に落ちました。どうなったとしてもふたりが、この先の人生が幸せで笑っていてくれたら、それでよくて。”ふたりの幸せを願いたい”というラストだと思っています。

――それっていい考え方ですね。そんなことを踏まえて、これからこの作品を観る皆さんにメッセージをお願いします。

ある意味、淡々としていて静かな作品だからこそ、大きいスクリーンで綺麗な音で観ていただけたら嬉しいです。きっと観終わった後では、タイトルの受け止め方が全然違うものになっているのではないかと思います。

TVの番宣などで「『君の顔では泣けない』が公開です」と言うと、周りの方から「なんかすごく強い言い方じゃない?」と言われることもあったのですが、実は‥‥とお話しすると分かっていただけるんです。映画を観終わった後、改めて、このタイトルを受け止めていただけると嬉しいです。



取材・文 / 小倉靖史
撮影 / 立松尚積

映画『君の顔では泣けない』

高校1年生の坂平陸と水村まなみは、プールに一緒に落ちたことがきっかけで心と体が入れ替わってしまう。いつか元に戻ると信じ、入れ替わったことは2人だけの秘密にすると決めた2人だったが“坂平陸”としてそつなく生きるまなみとは異なり、陸はうまく“水村まなみ”になりきれず戸惑ううちに時が流れていく。もう元には戻れないのだろうか。“自分”として生きることを諦め、新たな人生を歩み出すべきか。迷いを抱えながらも2人は、高校卒業と進学、初恋、就職、結婚、出産、そして親との別れと、人生の転機を経験していく。しかし入れ替わったまま15年が過ぎた30歳の夏、まなみは「元に戻る方法がわかったかも」と陸に告げる。

監督・脚本:坂下雄一郎

原作:君嶋彼方「君の顔では泣けない」(角川文庫/KADOKAWA 刊)

出演:芳根京子、髙橋海人、西川愛莉、武市尚士、中沢元紀、林裕太、石川瑠華、前野朋哉、前原滉、ふせえり、大塚寧々、赤堀雅秋、片岡礼子、山中崇

配給:ハピネットファントム・スタジオ

©2025「君の顔では泣けない」製作委員会

公開中

公式サイト happinet-phantom.com/kiminake/