「映画館は体験の場」――東映・吉村文雄社長が語る、"さよなら 丸の内TOEI" とこれからの東映が目指す世界 (後編)

世界に羽ばたく東映

ーー東映さんは『 「To the world, To the Future」-「ものがたり」で世界と未来を彩る会社へ 』というビジョンを掲げていらっしゃいますが。

今、日本のアニメはずいぶん世界に広がっていて、東映アニメーションは海外での売上比率が半分以上になっています。そういう意味ではすでにグローバル企業ですね。ただ、東映株式会社単体でみるとまだまだドメスティックな会社なので、この先、海外の比率をもっと上げていかなければいけないだろうと考えています。

ーー邦画の海外進出を考えているということですか。

そうですね。『仮面ライダー』シリーズ (1971〜)や『スーパー戦隊』(1975~) シリーズなどは、一つのジャンルとして確立していて、すでに海外展開されています。これらに加えて、本来弊社が得意としているアクションものや時代劇などで海外に打って出ることを現在模索しています。

ーー太秦の撮影所もあるわけですから、時代劇を全世界に、というのはこれから大いに可能性がありそうですね。

今年の4月に、日本へのロケ誘致、特に京都撮影所を使ってくださいというアピールのために1週間ほどハリウッドに行ってきました。現地のスタジオなどを回って京都撮影所のプレゼンテーションをするために、プロモーションビデオを作ったんです。海外の方にアピールできるものを作りたかったので、外国人の監督さんにお願いして、外国人の視点で魅力的に見えるものを作ってもらいました。

ーーそれはぜひ見てみたいですね。

ぜひ見てください。すごくスタイリッシュな仕上がりで、普段撮影所を見慣れている僕からすると新鮮でした。プロモーションビデオには三池崇史監督が登場し、東映京都撮影所の良さをコメントしてくださっているんです。実際にハリウッドで色々な方に見ていただいたんですが、毎回三池さんが出てくるたびに、みなさん反応するんです。やはり三池監督の海外でのネームバリューというのはすごいんだと改めて感じました。

ーープロモーションの成果はいかがでしたか。

アメリカでも「SHOGUN 将軍」(2024~) が人気で、やはりみなさんご覧になっているんですね。その影響で日本への興味、時代劇への関心が高まっている気がしました。ですから「日本で撮りたい」とか「一緒に作りたい」というお声もいただいています。ただ、一方で日本の助成金制度がわかりづらいとか、他の国に比べて助成金の額が低い、あるいは英語できちんと意思疎通できるスタッフの数が少ないといった指摘もありました。とにかくあちこちで名刺を配り歩いてきましたから、こちらに戻ってからもいろいろな企画がメールで送られてきています。弊社と東映アニメーション(株)をごっちゃにしているらしく、半分はアニメの企画でしたけれど (笑) 、それでもいくつか面白そうな企画があって、しかも、向こうである程度名の通ったシリーズを手がけている方からのご提案もあったりするので、これから精査を重ねて、何か実現できたらいいなと考えているところです。

ーー配信を含めて、どんどん世界が狭くなってきていますよね。

そういう意味では、NetflixとAmazonというプラットフォームが広がったことは革命的だったなと思います。そのプラットフォームに作品を出せば瞬時に全世界で観てもらえるという環境ができたわけですから。昔だと海外まで行って、現地で契約を結んで現地で配給してもらって現地で劇場を押さえて‥‥みたいなことをやらなければ海外の人に日本の映画を観てもらえなかったわけですが、今は日本でプラットフォームと契約を結ぶだけで世界中の人に観てもらえる。しかも「イカゲーム」(2021〜) も「SHOGUN 将軍」も、吹き替えではなく、字幕版を海外の方々が観ているんですね。これは一昔前を考えると画期的な状況ですよね。

ーーこれからはさらに配信ドラマの開発にも積極的に取り組んでいくということですか。

そうですね。ただそのためには、勉強しなければいけないことがいろいろあると思っています。去年初めて、「七夕の国」(2024~) というドラマをディズニープラスの配信で制作しましたが、もう予算の規模からして全く違うんです。これはカルチャーギャップでした。弊社は昔から、限られた予算の中でギリギリまでクオリティを上げて制作するのが得意なんです。ところが、今回普段の何倍もの予算を提示されたものですから、この予算を一体どこに使ったらいいんだ? と、もう笑い話ですよね(笑)

ーー感覚が全く違うんですね。

こういうスケールのドラマを作るんだったらこのくらいのバジェット(予算) が必要だという、コスト感覚のベースが違うわけです。それから、日本の撮影技術やスキルについて海外とのレベルの差を指摘されることもあります。学ぶべきところを学び、クオリティを上げていかなければと思っています。

一緒に一つの大スクリーンを観る楽しさ

ーー吉村社長にとっての映画とはどういう存在なのでしょうか。

もともとはうちの母親が映画好き、特に洋画好きで、イングリッド・バーグマンのような昔の大女優さんが好きだったんです。それで我が家には「スクリーン」という映画雑誌が山のようにありました。映画にもよく連れて行ってもらったんですが、お上品な映画ばかりで、僕としては『ゴジラ』や『東映まんがまつり』に行きたかったんですよ。たまにそういう映画を観に行けることがあって、そこから映画が好きになって、一番よく観たのは学生時代。名画座などは5本立てで700円とか800円で、入れ替えもありませんでしたから1日中いられた。ちょうどレンタルビデオも出てきて、それこそ、なんでも観ていましたね。

ーー映画を作りたくて東映に入られたんですか。

僕は、映像でいうとドキュメンタリーを作りたくて、テレビ局のそういう部門で働くことを目指していました。でもそれは叶わなくて。東映では最初に、希望の配属先を聞かれたんです。「絶対その通りにはならないけど一応聞いておくよ」という前置き付きで。それで「京都撮影所に行きたい」と答えたのですが、案の定行けなくて、関西支社の営業部門に回されました。そこからは「映画を作る」ことにはほぼ関係のない部署でやってきました。ただ、弊社の映画はずっと観てきました。特に新人の頃は舞台挨拶などのイベントによく駆り出されていたんです。やっぱり映画というのは興行で、お客さんが来て盛り上がる、その雰囲気が一番いいと思うんです。『ビー・バップ・ハイスクール』(1985〜1988) や長渕剛さんの映画なんかでは舞台挨拶にやんちゃな若者が押し寄せてきて、うまく捌くのが大変だったり(笑)。でもそういう熱みたいなものが映画にはあるんですよね。

ーーとなるとやはり映画は映画館で上映するべしということですか。

僕はそれが一番だと思いますし、やはり映画は映画館で観てこそだと思っています。Netflixとかディズニープラスとか言っておいて何なんだと思われるでしょうけれど(笑)、今回の「さよなら 丸の内TOEI」でも、初日の『仁義なき戦い 広島死闘篇』(1973) の上映の際に、北大路欣也さんに舞台挨拶をしていただきました。北大路さんも席で上映をご覧になりたいということでお席を用意し、僕も同じ列に座って久しぶりにスクリーンで観たんですが、やはり違いますね。スクリーンで観る方が面白い。上映の前にMC担当の笠井信輔さんが、「今日は北大路さんがいらしていて皆さんと一緒にご覧になります。どこにいらっしゃいますか」と言ったので北大路さんが立ってご挨拶をされたら、場内は万雷の拍手でした。さらに上映後にも拍手が起きました。北大路さんも何か込み上げるものがあったようでしたね。その後の舞台挨拶の時に、ご自身が初めてここで舞台挨拶に立った時のことを話してくださいました。お父様(市川右太衛門)と一緒に出演されていた作品の時で、一番端っこの方で挨拶をされたのだそうです。そんなふうに、映画館で、みんなで一体となってスクリーンの映画を観る、その雰囲気が僕は本当に好きです。良かった映画の上映後の場内の雰囲気と、ダメだった映画の上映後の雰囲気は、全然違う。そういうのもまたいいんですよね。

ーーこれからは直営の劇場はなくなるということですが。

東映グループには映画館を運営する (株)ティ・ジョイがあり、この7月に東映の100%子会社になりました。今後はこれまで以上に配給と興行を柔軟に連携させていけると思います。そしてやはり、映画館で映画を観るというのはかけがえのない「体験」です。東映はこれからも映画館に観に来ていただけるような映画を作り続けていきたいと思います。

インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵
撮影 / 岡本英理

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