「映画館は体験の場」――東映・吉村文雄社長が語る、"さよなら 丸の内TOEI" とこれからの東映が目指す世界 (前編)

丸の内TOEI閉館で一つの時代が終わる

ーー東映会館の再開発に合わせて、本社も移転ということで、引越しの準備中ですね。

そうですね。引越しの為に、今は絶賛断捨離中です。

ーー今回の移転について、吉村社長としてはどのような思いがあったのでしょうか。

この東映会館のビルは、1960(昭和35)年に建ったものです。1階エレベーターホールの右側に定礎があって、初代社長の大川博の手形が残っているんですが、そこから65年この地でやってきたわけです。それを僕の代で閉じなければいけないというのは、ちょっと心苦しい気もするんですが、建物自体も傷んできて、耐用年数を考えても限界を感じていたので、このタイミングになったというところですね。

ーー周りの反応はいかがでしたか。

今年に入って早々に閉館のアナウンスをして、さらに5月9日から閉館を記念した上映イベント「さよなら 丸の内TOEI」を開催していますが、結構な数のお客さまに来ていただいています。この丸の内TOEIのように路面に面した映画館は、もうほとんど残っていないんですね。今はシネコンのようにどこかのビルに入っているところが多いですから、ここは最後の「昔ながらの映画館」かもしれませんね。

ーー2022年に、同じく東映直営の渋谷TOEIを閉館されました。

あの時もすごくたくさんのお客さまが来てくださいました。渋谷TOEIは東映直営の映画館としては第1号だったんです。ですから閉館が決まった際には、開館当時の渋谷の様子なども絡めながらいろいろなところで取り上げていただきました。今回は銀座の直営館が閉館するということで、やはり同じように思い入れのあるお客さんが多くて、皆さん惜しんでくださる。それは本当にありがたいですね。

ーー東映直営の映画館がなくなるということなんですよね。

そうですね。ただ、現実的にここで映画館をやり直すというのは非常に厳しい。ここの土地は見た目ほど広くはないですから、建て替え後に今までのような2スクリーン体制で運営するとなると採算が取れない。シネコンにするには建物のスペースが足りないですし、近くにTOHOシネマズ日比谷があるので、番組編成も難しいでしょう。というわけで、引き続きここで映画館をやるのは難しいと判断したんです。

先日ここの屋上で、バーベキューパーティーをやりました。声をかけたら結構な方々が来てくださいました。その時にも、「ここがなくなるのは惜しいね」とおっしゃっていただいたんですが、同時に、「一つの時代が終わるんだな」という感慨を持たれていた方も多かったと思います。

ーー松竹・東映・東宝という3本柱が銀座にあるという意味では、映画の街としての銀座の象徴のような存在でしたから、やはり残念だという気持ちは皆さんあるのだと思います。本社はどちらに移るのでしょうか。

なるべくここから近いところという条件で探しました。ちょうどいいタイミングで京橋のビルに空きができたというので、そこに決めました。実は銀座に移る前に本社を構えていたのが京橋だったんです。そういう意味では、原点に戻る形ですね。しかも松竹さんや東宝さんともそれほど離れるわけではないので、いいところに決まったと思っています。

現場からの熱い“東映愛”で生まれた企画「さよなら 丸の内TOEI」

ーー「さよなら 丸の内TOEI」の企画は、現場の方たちからの提案だったと聞きました。

これは本当にそうなんです。上から「何かやれ」と持ちかけたわけではなくて、特に若手の社員たちが中心になって、自発的に「こういう企画をやりたい」と持ってきた。もちろん勤続年数などによって違いはあるでしょうけれど、うちの従業員たちはこの映画館に愛着があり、この銀座の東映が終わるということにある種の感慨を持ち、せっかくだから最後は自分たちで見送りたい、と考えていたんです。「さよなら 丸の内TOEI」はそういうところから生まれた企画なんですよね。本当にいいことだなと思いました。

ーー社員の皆さんが東映を愛しているのがよく伝わりました。

どういうものを “東映愛” と呼ぶのかはわかりませんが、割と頑なな人間が多いですね。もう東映が大好き、大好きすぎて頑固、みたいな人もけっこういます(笑)。

ーーそれは、これまで作ってこられた作品をはじめとして、東映さんが長年培ってきたものが育てたんだと思います。ファンになったり社員になったりという形で。

そうだといいなとは思っています。

映画を作るという原点は忘れない

ーー移転した後の東映さんはどのようになっていくのでしょうか。

絶対変わらない、ここだけは変えないと思っているのが、弊社は映画を作る会社だということです。作ることをやめてしまったら、東映じゃなくなると思っていますし、それは亡くなった元社長の手塚(治)も、ずっと大事にしてきたことです。今も大泉(東京)と太秦(京都)に撮影所があって、両方で作品を作り続けていますが、その体制はなんとか維持していきたい。その上で幅広いビジネスに派生させていく。この「東映らしさ」は次の世代にもしっかりと引き継いでいきたいですね。

ーー7月1日には、ポスプロやアーカイブ業務を行う、東映ラボ・テック(株)が新社屋に移転されました。

現在フィルムの現像はほぼ行っていないのですが、デジタル編集のポストプロダクションを請け負ったりしています。また、ラボ・テックにおいては、既存のフィルムの保全作業も重要な事業の一つです。弊社は古い作品の原版も大量に持っていますが、そのまま放っておくと傷んでくるので、定期的に水洗いして、乾かして巻き直すという作業が必要になります。

ーー原版はフィルムで残しているのですか。

フィルムでの保全とデジタル化を並行して進めています。正直に言えば、作品数が多すぎて、金銭的にも時間的にも追いつかないという状況です。なにぶんにも昔はドラマも全てフィルム撮りでしたからね。ですので、先人には申し訳ないですが、残すのか残さないのか、どういう形で残すのかなど、ある程度仕分けをしているところです。さらに、国立映画アーカイブにもお願いして、寄贈の形で預かってもらうこともあります。自社でももちろん保存していて、過去の名作やある程度のヒット作に関しては、デジタライズして保全する作業も並行してやっています。

ーー大泉の撮影所にも素晴らしい設備ができたんですよね。

「バーチャルプロダクション」ですね。この5月にようやく皆さんにお披露目できました。

ーースタジオにいながら、まるでどこかに行ったような映像が撮影できるということですね。

その「どこ」の映像は準備しないといけないんですけどね(笑)

ーー一方、どの業界も、人手不足が問題になっています。

確かに東映でも、現場の働き方の問題や、若いスタッフが定着しないという構造的な問題があります。現在「映適」(日本映画制作適正化機構)も含めて、現場環境の改善に取り組んでいますし、新しく入ってくるスタッフの定着を図っていかなければ、先が続かない。大事なことです。もちろん「映適」自体もまだまだ不十分だという声もありますから、課題は多いと思っています。

ーー予算もかかりますしね。

働き方改革だけではなくて、物価高騰の影響などもありますから、制作費は今後も上がっていくと思います。これは僕個人としての意見ですが、この先の映画業界を考えるのなら、もうちょっと映画料金などを上げることも検討していかなければ、全体が回らないんじゃないかという気はしています。

インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵
撮影 / 岡本英理

東映・吉村文雄社長が語る、”さよなら丸の内TOEI” とこれからの東映が目指す世界(後編)に続く