
阿部寛×米倉強太監督インタビュー 映画『キャンドルスティック』新しい可能性との向き合い方
出自も身分も関係なく、一瞬で人生を変えることのできる世界。それがFX市場。 大金を得た者、失敗し逮捕された者、今度こそはと負債を抱え続ける者、そして平凡な日常を抜け出すため夢見る者、そんなマネーゲームに憑かれた10人の男女を描く、映画『キャンドルスティック』。世界を股にかけ、彼らが大金を手に入れるため、前代未聞のミッションに挑む。それは金融システムの番人「AIを騙す」ことだった。
映画タイトルのキャンドルスティックとは、金融商品の価格変動を視覚的に表した価格チャートの形式を指す。その名のとおり、本作で描かれるのは、世界中でスリルと策略が交錯する感情の起伏が激しいマネーゲーム。そして愛。
阿部寛主演、菜々緒、津田健次郎といった日本を代表する実力派の豪華俳優陣に加え、台湾を代表するアリッサ・チア、リン・ボーホンやイラン出身のサヘル・ローズなど国際色豊かなキャストが集結。監督は注目の新鋭·米倉強太。パリ·コレクションやGUCCIなどの広告映像ディレクションやMVなどを手掛けて頭角を現し、本作が長編映画初監督作となる。
ベテラン俳優が新進気鋭の監督のもと新参者の姿勢で取り組んだ本作は、ピークアウト知らずの相乗効果を生みだした。映画制作において、新しい可能性をみている主演の阿部寛さん、米倉強太監督にお話を伺った。

作品に可能性を感じた
ーー今作『キャンドルスティック』のオファーを受けた経緯とその時の気持ちをお聞かせください。
阿部:モデル出身で、広告やMVで活躍している新進気鋭の監督ということで「面白そうですね」と台本を読む前にお返事しました。
ーーでは、監督はどうして阿部さんに出演オファーをされたんですか?
米倉:まず、野原という人物を若い役にしたくなかった。大人の恋愛も描きたかったし、人生で一度負けた経験がある人間味というか、そういう華が欲しかったというのもあります。2010年代当時のデジタル社会や、AIといった仕組みを作った人たちって僕よりもずっと先輩なんですよね。そのリアルさも出したいという思いもありました。それで「阿部さんに野原を演じてもらったら最高だよね」という思いがあって、ダメ元でお願いしました。
ーー阿部さんにお聞きします。脚本を読まれて、いかがでしたか?
阿部:最初に脚本を読んだときは、よくわからなかったですね (笑)。不思議な空気感で。
米倉:オファーを受けていただいたときは、まだ脚本もかなり途中の段階で‥‥。あの時の脚本は多分わからなかったと思います。
阿部:たしかに、いろんな国の出来事が入ってくるし、それが同時進行で描かれているので難しかったです。
ーーネットを介したマネーサスペンスですから、違う国の描写がないと同時多発的に物語が広がらないですよね。
阿部:そうです。だから1回読んだだけじゃわからなくて、2回、3回と読んでこの作品に可能性を感じたので、「ぜひやりたい」という感じでしたね。



天才と呼ばれる人物
ーー阿部さんはこれまでも幅広い役柄を演じられていますが、今回演じられた天才プログラマーという役柄をどう捉えましたか?
阿部:天才と呼ばれる人って、すごく孤独だなと思っているんです。以前、テレビで天才数学者を扱った放送を観たんです。現代に残っている数学界の7大未解決問題、通称「ミレニアム懸賞問題」の1つ「ポアンカレ予想」を証明したロシアの数学者、グリゴリ・ペレリマン博士という人がいるんですけど、博士は、その問題を解くために、長い間、部屋から一切出てこず、解いた後、失踪した。で、失踪の謎もわからないまま、今も失踪中というところで番組は終わったんです。それがすごく衝撃的でした。(注:現在、博士はサンクトペテルブルクで隠遁生活を送っているとされている)
誰にも解けなかった問題を解いたのに、権力に利用するとか、大々的に発表するとかがゴールではなかった。”それって、どんな気持ちなんだろう? いつかそういう役をやってみたいな”と、この20年近く思っていました。今回の役は学者ではないけれど、数学的な考え方の人物は天才の孤独さを感じているだろうと思ったし、少し参考にして、そのイメージで撮影に臨みました。
米倉:阿部さんは、撮影時もカメラレンズのミリ数を把握した上で、ちょっとした目配せとか、ものすごく細かい演技をされるんです。僕もカメラマンも野原を撮るとき、自分たちが予想していなかったところまで捉えさせていただいて、現場で感動したことがたくさんありました。今、阿部さんが表現された”天才”というキーワードが、演技に全部出ていたんだなって、お話を聞いて腑に落ちました。
阿部:いやいや、監督の世界観に任せていただけですから (笑) 。







AIと芝居
ーー劇中では、野原が全世界の金融システムを支配するAIに戦いを挑みます。阿部さんご自身は、何かしらのAIを利用したことはありますか?
阿部:今回の撮影中に「ChatGPTって面白いよ」と教わって、何回か使ってみたんです。何でも答えてくれるし‥‥すごいですよね、人間みたいで。
例えば、”あれ、あの名前何だっけ?”みたいに、うろ覚えな事柄を知りたい場合、「こんな感じでドイツに関係があって‥‥」とヒントを与えたら調べてくれる。”応用すれば、なんでもできるようになるな”と思いました。
ーーAIを利用することについては、どうお考えですか?
阿部:たまに芝居をしていると、”こんな感じのセリフを見つけ出したいな”って思うときがある。「このセリフ、四字熟語とか使った、もっといい言葉なにかいいのないかな?しかも男っぽく」みたいな相談をAIにすると、候補をいろいろ出してくるんです。「もうちょっとなんとかならない?」と言ったら、また出してくる。だけど、繰り返していくとだんだんクオリティーが悪くなる (笑) 。セリフが、だんだん人間的じゃなくなってしまう (笑) 。だからヒントには、なる。だけど深く探ったらだんだん機械的になっていくんです。
ーーまだAIはダメ出しに弱いんですね。
阿部:弱いかどうかわからないけど、AIも混乱しちゃうんでしょうね。機械の本性が出てきちゃうんだろうな (笑) 。セリフでいうと、英語のセリフって、いままでだったら英語の先生が指導してくれたんだけど、今回初めて、20年くらい海外で役者をされている男性が英語指導をしてくれたんですよ。
ーーそういう意味では、実際の役者さんに英語のセリフを作ってもらった方がいいですね。
阿部:そう。感情がわかっているし、動作もわかっている。”どうしたらいいですか?”と迷ったことをより相談できるから、これはいい出会いでした。

新しい刺激だから生み出せた
ーー劇中、日本から台湾とハワイをつないでのビデオ通話をされるお芝居が多かったと思います。今後、こういったカメラに向かって一人芝居を撮影することが増えてくると想像します。技術の変化による撮影方法の変化についてどうお考えですか?
阿部:この映画は日本と台湾の合作なんです。だけど仕上がった映画を観たら、イランとアメリカと日本と台湾の4カ国の合作映画のような印象でした。こういう合作は初めてでした。合作っていうと、他の国の役者や製作陣と一緒に現地撮影したりするんですけど、今回、イランの俳優さんとも、ハワイの俳優さんとも現場ではセリフを交わしていない。だけど、イランの街並み、ハワイでのゆったりとした雰囲気、それぞれの空気感が、まるで別の海外作品なんですよ。でもちゃんと作品として掛け合っている。カメラに向かっての一人芝居で新しい会話劇の形の映画になりました。AIの話でも話しましたけれど、こういった技術や手法を映画制作に応用したら、面白いことになるんじゃないかなと思いました。今までとは違う海外との共同制作の可能性を感じました。
ーー今作では他にどんな刺激を受けましたか?
阿部:米倉監督と同じく、この映画を撮影したカメラマンも元役者の方で、クリエイティブまっしぐらに走ってきた人たちと一緒に仕事をするのは、新しい刺激でした。だけど、今まで自分が経験をしてきたものが、かえって邪魔になることもある。だから監督の撮りたいものを見極めて参加しようと思っていました。今回新しい環境に身を投じられたことが、一番面白くて刺激的でしたね。
ーー本作をこれから観る方へメッセージをお願いします。
米倉:難しい数学的な理系映画というよりも文学的な文系映画です。映画のテーマがデジタルの話なので、FXとかAIとかという単語が出てきますが、難しいものと思わずに楽しんでいただけたらいいなと思っています。
阿部:デジタルインフラの不具合がある中でのハラハラドキドキしていく展開であるけども、復讐劇でもある。いろんな国の人が出演していて、それぞれの国で撮影しているから、リアルタイムで進行する危機感や世界的な多様性が生まれて、この映画の深みをより演出しています。1時間半という短い時間ですが、米倉監督独特の世界観を観てほしいですね。
取材・文 / 小倉靖史
撮影 / 岡本英理


映画『キャンドルスティック』
日本・台湾・イラン・ハワイ 4か国6都市を舞台に、元天才ホワイトハッカー・野原を主人公に「金融市場の番人」である難攻不落のAIを騙し、FX市場で大金を手に入れることを目論むスリリングなマネーサスペンス。
監督:米倉強太
原作:川村徹彦「損切り:FXシミュレーション・サクセスストーリー」
出演:阿部寛、菜々緒、サヘル・ローズ、津田健次郎、YOUNG DAIS、マフティ・ホセイン・シルディ、デイヴィッド・リッジス、リン・ボーホン、アリッサ・チア
配給:ティ・ジョイ
©2025CANDLESTICK PARTNERS
2025年7月4日(金) 新宿バルト9ほか全国ロードショー
公式サイト candlestick