
綾野剛インタビュー 映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』 作品、そして人生への向き合い方
2003年、小学校の男性教諭が、児童に対していじめ・体罰を行なったとし、保護者に告発された。これは教育委員会が「教師によるいじめ」を認めた全国初の事件である。
当時「『死に方教えたろうか』と教え子を恫喝した『殺人教師』」といった見出しで週刊誌や新聞などマスメディアで大きく取り上げられた。加熱報道をきっかけに男性教輸は停職処分。そして民事裁判へと発展していく。しかし本事件はここで思わぬ様相を呈す、男性教諭は法廷で嫌疑を完全否認したのだ。
6月27日に公開される映画『でっちあげ』は、福田ますみのルポルタージュ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮文庫刊)を映画化したもの。主人公の小学校教諭・薮下誠一を演じるのは綾野剛。監督は三池崇史。共演には柴咲コウ、亀梨和也、木村文乃、光石研、北村一輝、小林薫ら豪華キャストが名を連ねる。
今回、主演の綾野剛さんに本作『でっちあげ』の魅力、そして映画制作への向き合い方を伺った。これは真実に基づく、真実を疑う物語だ。

共演者との総当たり戦に沸き立つ
ーー今回『でっちあげ』のオファーを受けたときの率直な感想を教えてください。
とてもワクワクしました。あらゆる世代の共演者との総当たりトーナメント戦といいますか、ノーガードの打ち合いのような緊張感を凌駕する高揚感。1冊の台本の中に、たくさんの真剣勝負があるので、とても滾りました。
ーー確かに、演じられた薮下誠一はひとりで、生徒、その母親、上司、新聞記者、弁護士、世間の声など多くの人々と対峙しなければならないですよね。
『でっちあげ』にクランクイン前に『落下の解剖学』という映画を観ました。観る側に視点の選択を強いる怒涛の展開や、想像の遥か斜め上にいく演出に、なにより監督、脚本、役者の総合力に打ちのめされました。
ーー言葉が伝わらない問題であったり、裁判シーンの食い違いであったり、どこか『でっちあげ』と似ているところを感じますね。
『落下の解剖学』は、母国語ではない言語で理解しあうことの難しさも描いています。『でっちあげ』は同じ日本語だからこその、言葉のニュアンスや特有の複雑さ、シチュエーションによる形容動詞の影響が言語に対して直結している部分こそをエンタメへと昇華した。そんな三池組の着目着想に、派手さより丁寧さにとても魅了されました。本当に素晴らしいチームです。

16年ぶりの三池崇史作品に出演して
ーー今回、16年ぶりの三池監督作品になります。以前と現在でどのような変化がありましたか?
『クローズZERO II』の現場では、三池さんの温かさに包まれながらも、ついていくのに必死だったという感覚が残っています。今回は、一緒に作品と向き合えている体感がありました。役者冥利につきますし、とても幸せな時間でした。
ーー直接、監督に演出を受けた、こんな話をされたとなどありましたか?
いわゆる具体的な指示はありませんが、三池さん自身の人間力の凄みといいますか。
他者を受け入れる懐が深く、それぞれの考えを必ず昇華し、背中を押してくれます。やはり温かいです。
ーー裁判の供述に基づく回想で、同じシチュエーションのシーンを二つの視点で撮影された部分がありました。別人ではないか?と思うぐらいの振り幅で演じられたと思いますが、監督からの演出ではなく、綾野さんご自身で表現されたということなんですね。
芝居に関しては”いかに差を作らないか”ということを意識しました。変わっているのは、光の具合や座る位置などの、見える景色です。声のトーンはさほど変わっていませんが、言葉の”扱い方”が違います。二重人格でもなければ、別のキャラクターを作っているわけでもありません。全く同じ人間が、言葉の扱い方、座る位置、切り取り切り抜き方によって印象が変わります。例えば分かりやすく差をつけて芝居することもできますが、そういう足し算をしなかったことに対しても、足し算をチャレンジすることにも三池さんは「いいね」とおっしゃってくださいました。芝居だけでの差ではなく、各部署と作る”変化”を大切にされていました。



ーートラブルに翻弄される薮下の心象を表しているんじゃないかと思うような画作りが多く見受けられました。特に、亀梨和也さんと共演されている土砂降りのシーンは印象的でした。
雨自体、人によっては潤すものであり、体を冷ますものである。そのことによって、今自分が生きている実感につながるものでもある。起きているシチュエーションが変われば、雨の体が全て変わります。
映画的表現として、間接的なものより、雨という直接的なものの方が、三池さんが目指すものにより近かったのかもしれません。そういう意味では、亀梨さんとのシーンでの土砂降りは、打ちのめす雨。あの、撮影中、本気の嵐が来まして。
ーーそうなんですか? 風吹かせ過ぎなんじゃないか?と思うくらい激しい雨のシーンでしたけど‥‥。
本当の嵐です。持っている傘は吹っ飛び、役者もスタッフも全員びしょ濡れで、立ってても溺れるかと思いました。どれだけ声を放っても、かき消されるほどの嵐は、薮下の主観では”声は届かない”という印象になります。まさに亀梨さん演じる鳴海と豪雨は、これ以上ない最高のタッグとなりました。

作品制作への向き合い方
ーー本作も話題となったNetflixドラマシリーズ「地面師たち」と同じように、ベース・オン・トゥルー・ストーリーです。実際の出来事を基にした物語を演じる際、気をつけている部分はありますか?
誠実に向き合う以外ありません。僕の出演作で挙げると『楽園』も『日本で一番悪い奴ら』も事象やある視点の事実をベースにしている作品です。『八重の桜』もです。そういった作品に限らず、どの作品もそうですが、この作品を届けたいと旗を振った方々がいます。
今回の『でっちあげ』で言ったら、三池さんやプロデューサーの和佐野さん、その方々が目指しているものが何なのか、チームの一員として、ちゃんと理解する努力をする。知っていく作業をして共有することをとても大事にしています。そういった意味では、オリジナル作品も実話ベースのものも、漫画原作、小説原作も、どれも近い感覚で向き合っています。別の多面が必要になるのは、どちらかというと漫画原作です。
ーー何度か俳優さんに同じ質問をして、皆さんそう言われていました。
僕個人の感覚ですが、漫画として既に完成されているので、それを実写化にするか、映画化にするか、で、役作りのアプローチが大きく変わります。概念の話になってしまい恐縮ですが、Netflixシリーズ「幽☆遊☆白書」はどちらかというと実写化。冨樫義博先生が生み出されたキャラクター性感度を大切にし、漫画から飛び出してきたような写実性、ルックや印象、エッセンスの細部の表現を目指します。
『カラオケ行こ!』は、映画化でしょうか。和山やま先生が描かれた魅力的な物語を、野木亜紀子さんが脚本化し、山下敦弘さんが監督という作家性が織りなす事で生まれる化学反応。
あくまでもニュアンスですが、役を作るプロセスが全く異なります。原作者や編集者、読者の皆様の呼吸を、まず画から感じていく作業などが、漫画原作の難しくも魅力的な部分かと思います。
ーー制作に関わる人たちの意図を理解していくとき、マンガ原作を実写映画にする場合、より気力が必要だと感じているんですね。
原作画にパワーがありますし、絵コンテの強度が高いですよね。漫画はやはり世界に通じるイマジナリーです。
ーー綾野さんご自身は、完成された作品をご覧になっていかがでしたか?
冒頭の15分間ずっとワクワクしていました。柴咲さんが演じた氷室律子の供述は、観ているときも観終わった後もとても印象に残っています。
ーー僕は綾野さんが、薮下さんがという意味ではなく、最初から胸糞展開だなと思いました。
ありがとうございます。「イヤミス」っていうんでしたっけ? 柴咲さんがイヤミスが好きらしくて、僕、今日の取材で覚えたんですよ。イヤミスって言葉を。


ーー冒頭15分からの展開に感情がを大きく揺さぶられました。振り幅がすごいなと思って観ていました。
三池さんのすごさですよね。いろんなジャンルの作品を生み出し続けているので、監督自身が持っているパーソナルな部分によるところが大きいと思います。
本作はルポルタージュをベースにしていますが、そこにホラーだとか、サスペンス、ヒューマンドラマといった要素が加わって、いろんなジャンルのアンサンブルが起こっています。芝居をしている役者の方も、1つの作品を演じているのに、多ジャンル要素をシーンによって表現されていると感じました。
もっと作家性に振り切った作品にすることもできますし、より重心を下げた内容の作品にもできる。そのどちらでもないエンタメという真ん中を作っていくことは、実に胆力が必要ですが、本作もひとつのエンタメとして、観てくださる方々の日常を映画が少しでも彩れたらと思っています。
ーーこれから本作を観る方へコメントをお願いします。
人生を大切に生きる、人生に親切になる。改めて現場に学ばせていただきました。映画を観るひとときをぜひ楽しんで頂けたら幸いです。
ーー観客の反応含め、公開が楽しみですね。
『でっちあげ』は6月公開ですが、『国宝』と(小栗)旬さんが出演している『フロントライン』も6月に公開されます。親交のある方々が6月に集まっていて、とても豊かですし、あらゆる人生に触れ、知り、体験できる映画に改めて感謝です。

取材 / 小倉靖史
撮影 / 曽我美芽
ヘアメイク:石邑 麻由
スタイリスト:佐々木 悠介


映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』
2003年。小学校教諭・薮下誠一は、保護者・氷室律子に児童・氷室拓翔への体罰で告発された。体罰とはものの言いようで、その内容は聞くに耐えない虐めだった。これを嗅ぎつけた週刊春報の記者・鳴海三千彦が“実名報道”に踏み切る。過激な言葉で飾られた記事は、瞬く間に世の中を震撼させ、薮下はマスコミの標的となった。誹謗中傷、裏切り、停職、壊れていく日常。次から次へと底なしの絶望が薮下をすり潰していく。一方、律子を擁護する声は多く、“550人もの大弁護団”が結成され、前代未聞の民事訴訟へと発展。誰もが律子側の勝利を切望し、確信していたのだが、法廷で薮下の口から語られたのは「すべて事実無根の“でっちあげ”」だという完全否認だった。
監督:三池崇史
原作:福田ますみ「でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相」(新潮文庫刊)
出演:綾野剛、柴咲コウ、亀梨和也、大倉孝二、小澤征悦、髙嶋政宏、迫田孝也、安藤玉恵、美村里江、峯村リエ、東野絢香、飯田基祐、三浦綺羅、木村文乃、光石研、 北村一輝、小林薫
配給:東映
©2007 福田ますみ/新潮社 ©2025「でっちあげ」製作委員会
2025年6月27日(金) 全国公開
公式サイト detchiagemovie