
小栗旬インタビュー 映画『フロントライン』 あの時、僕らは知らなかった真実を伝えるために
2020年2月、ダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に入港。乗客乗員は世界56カ国の3,711名。横浜入港後の健康診断と有症状者の検体採取により10人の新型コロナウイルス感染者が確認された。我々の多くが、まだ知らなかった、少し他人事だった、ただ怯えていただけだったあの頃。歴史的パンデミックの最前線に立ち、未知のウイルスに立ち向かった者たちがいた。彼らを取材し、あの時、あの船で何が起きていたかが描かれた、映画『フロントライン』が6月13日に公開される。
企画、脚本、プロデュースを務めたのは、近年、Netflixシリーズ「THE DAYS」を担当し、「救命病棟24時」シリーズをはじめ、医療現場の最前線にある人間ドラマをエンターテインメントに昇華させてきた増本淳。監督は『かくしごと』が第49回報知映画賞で最多ノミネートされた関根光才。メインキャストには、未知のウイルスに立ち向かうDMATの指揮官・結城英晴役を小栗旬。結城と対策本部でぶつかり合うこととなる厚生労働省の役人・立松信貴役を松坂桃李。結城とは東日本大震災でも共に活動した医師・仙道行義役を窪塚洋介。そして、地元に家族を残し、横浜港に駆けつけたDMAT隊員・真田春人役を池松壮亮が演じる。
そのほか、ダイモンド・プリンセス号で働くクルー・羽鳥寛子役に、森七菜。6歳の息子と乗船した母親・河村さくら役には、美村里江。TV報道記者・上野舞衣役には、桜井ユキ。その上司で報道責任者・轟役には光石研。さらに、下船した乗客の隔離を受け入れる病院の医師・宮田役を滝藤賢一。それぞれの立場で、未知の恐怖と闘った名もなきヒーローたちの奮闘を、日本映画界の最前線に立つ俳優たちが結集し描いた本作。
企画の始まりから、この作品に携わってきた小栗旬さんに、その想いを伺った。

もし自分以外がこの役をやるなら
ーー本作『フロントライン』に出演するきっかけから教えていただけますか?
プロデューサーの増本さんから「読んでほしい脚本がある」って言われて、メールで脚本が送られてきたんです。届いてすぐに読んで、「やりたい」と返事を送りました。そのとき「僕、いつもだったら仙道の役どころなのに、なんで今回、結城役なんですか?」と聞いたら、増本さんが「40歳を超えて、親にもなって、いろんな背負うものが増えてきている旬に、こういう役をやってほしいんだよね」って言っていただいて、すごくありがたいなと思ったのを覚えています。
ーー確かに小栗さんには仙道のように現場で奮闘する役柄のイメージがありますね。
増本さんと話している段階で、「もし自分が結城をやるなら、この船に乗っている仙道役は窪塚洋介君しかイメージできない」っていう話をしたら、「それって‥‥旬、当たってもらってもいい?」って話になったんですよ(笑)。それで洋介君に電話して「ちょっと今から送る脚本を読んでもらって、違うなと思ったら、全然それで構わないんだけど、僕としては、この仙道って役を洋介君にやってもらえたらすごく嬉しい」という話をしたんです。メールを送ったら、結構すぐに洋介君から「読んだよ。これは自分にとっても、やるべき作品なんじゃないかと思ってる」と返事をもらって、それを報告して、増本さんから正式なオファーをしてもらったっていう形ですね。
ーー仙道役を窪塚さんが演じられたのは、そういう経緯があったんですね。
やっぱり自分としては、ずっと憧れている人なので、窪塚洋介って人は。彼と一緒に仕事をできるのは、本当に胸熱な環境でしたね。



いままでの自分とは違う難しさ
ーー小栗さんが演じられた結城には、現場と会議室の板挟みというか、現場に行けないもどかしさをすごく感じました。このキャラクターを演じる上で、難しかった点はありましたか?
じつは結城のモデルになった阿南英明先生という方にお会いしたんですよ。その阿南先生が、仙道のモデルになった近藤久禎先生に出会ったとき、”もう自分は現場に行かなくていい”って思ったそうなんです。「『この人が現場に行ってくれるなら、スタッフが動きやすい環境を作ることが自分の仕事だ』と思った」という話を聞いて、演じる上で、結城という人物が、なぜ対策本部に残って指揮しなければいけないのか?ということが、腑に落ちたんですよね。
ーーどこか小栗さんと窪塚さんの関係性に似ていますね。
現場の医師の方たちも大変だけど、阿南先生がやられていたことって、ものすごく面倒くさいことなんですよね。映画の冒頭にもあるけど、彼らDMATは本来、感染症対策をする人たちじゃない。専門外のことをやらなきゃいけなくなったことへの戸惑い、どうすれば成立するのかということに悩み続けていた、といった実際に体験された方のお話をいっぱい聞けたんです。だから役を作る上で、無理に考えなければいけないことも減ったし、俳優としての自分に枷みたいなものを作る必要もなかったんです。当時の阿南先生たちと同じように、この作品の世界観を体験していくということにおいては、”その都度、迷っていけばいいんだろうな”と思ったし、そういうやり方で演じられたので、苦労したことはあまりないかもしれないです。技術的なことで、ずっと連絡を取り合っているはずの洋介君が、その場にいないとか、そういう難しさは感じましたけどね。
ーー映画中盤の見どころのひとつに、結城と仙道が意見の食い違いからビデオ通話でバチバチにやり合うシーンがあります。どのように撮影されたんですか?
あのシーンはこちら側が先に撮っているんですよ。僕は、助監督や監督が表現する仙道しか受け取っていないので、想像しながら演じました。変な言い方をすると、”洋介君、羨ましいな。俺の芝居、聞けて”って思いながら (笑) 。
ーーでは、ビデオ通話越しの窪塚さんのお芝居を聞かずにお芝居をされたんですね。
はい。でも”きっと洋介君は、こういう仙道で来るんじゃないか”っていうのもありましたし、池松君は来られなかったけど、洋介君と松坂君と3人で一度、本読みをしたので、その時のイメージを借りながら芝居しました。”どのぐらい怒ってるかな?”って完成した映像を観たら、僕のイメージよりだいぶ怒ってたなと思いましたけどね (笑) 。

互いに高め合う魅力ある共演者たち
ーー撮影現場で一番対峙するシーンの多い共演者の松坂桃李さんの魅力を教えてもらえますか?
そうですね。増本さんの言葉を借りると、松坂君の演じた立松って結構難しい役柄で、セリフも専門用語がいくつもあったんですけど、それをすごくリアルに言葉にしてくれる人だな、って感じましたね。彼も、いろんなものを経験してきているので、一緒に現場にいるときは、勝手に凄く信頼感を抱いていました。結城が立松をどんどん信頼していくのと同じように、俳優としても松坂君を信頼していける感じを作ってきてくれて、すごく助けられました。
ーー濃密な時間を過ごされたんですね。
僕と松坂君は、撮影が始まって1週間ぐらいで、一気に神奈川県庁対策本部のシーンを撮って、それでほぼ撮影が終わるっていう状態だったんですよ。クランクインして、すぐに終わっちゃったみたいな (笑) 。
ーー最初は反目し合っていて、次第にお互いの仕事を認め合う結城と立松ですが、小栗さんと松坂さんも、短い撮影期間のなかで気持ちが高まっていったんですね。
そうですね。最初、ちょっと大変だなとは思ったんですけど、改めて考えると、約1週間、県庁のシーンを詰めてやらせてもらったのは、逆にすごく良かったなと思いました。ある意味、自分たちも同じような環境で、追い詰められていく感じの撮影スケジュールだったので。最後の5日目とか6日目ぐらいなんて、本当にみんな疲弊していて (笑) 。
ーー本当に疲れているんだろうなと思って観ていました。
日々、あの対策本部で、みんな過ごしていたので、ある意味、実体験ですよね (笑) 。
ーー続いて、真田役の池松壮亮さんの印象もお願いします。
この表現が正しいのか、わからないけど、うまいですよね。いつ見ても、彼はセリフがちゃんと自分の言葉として出てきている感じがするので、やっぱりすごいなと思います。
ーー共演シーンは短いですが、環境をどう作り上げようかというお話し合いはされましたか?
今回、ダイヤモンド・プリンセス号に行ったあのシーンでしか、僕は会えていないので、がっつり一緒に芝居をしたっていう感じでもないんですけど。自分が船の現場に行ったときには、もう数日間で船チームの環境が出来上がっていましたね。池松君を筆頭に、真田班は夜、撮影が終わったら、ちょっとだけホテルのロビーで飲んで帰るみたいなことをしていたみたいなので、すごくいい空気感でした。そこに、すっと自分も入らせてもらったっていう感じですね。いやでも、この作品を見終わって、やっぱり真田先生が一番いい役だなと思ったんですよ(笑)。あの滝藤さんと2人のシーンなんて”ちくしょう、いいなぁ”って思いました (笑) 。






みんながヒーローである
ーー本作はフィクションではなく、実際に起きたことを題材にした映画です。演じるにあたって、作品全体を通して気をつけた部分はどんな点ですか?
今回の作品は一貫して、事実に基づいているとはいえ、作品自体がドラマティックな構造になっています。だから僕たちが”ドラマティックにする必要はない”っていうムードが現場全体に漂っていたんですよね。きっと結城のセリフも、情熱的に言おうと思えばいくらでもできるんだけど、素直に心の中にあることを打ち明ける、というような感じで演じさせてもらいました。そこはこの作品で一貫してできた部分かなと思っています。その結果、作品を観ると明確に主役がいない作品というか、”全員がちゃんとそこに生きていて、誰にどうフォーカスするかは、観ている人次第”、という仕上がりになっていて良かったなと思いました。
ーーそうですね。本作を拝見して、本当に”全員が主役”という印象を受けました。
本当にみんなヒーローですよね。僕、物語の主人公には「葛藤」と「苦悩」と「成長」が必要だと思っているんです。僕の演じた結城は葛藤も苦悩もしてはいるんですけど、彼の中での成長はないんですよね。仙道を含め、あの2人は成長とは違うところにいる。成長については立松が担ってくれていて、ある意味、主人公的な存在なのは、苦悩から成長を遂げた真田先生だと思う。
ーー主人公の要素がみんなにあるということですね。
そうですね。登場人物それぞれにうまく要素が散りばめられているから、主人公が分散したみたいになっているんだろうな。






アフターコロナムービーでは括れない
ーーコロナウィルスの感染流行が懸念され始めた、あの時の空気感を思い出す作品でしたが、それだけじゃない魅力も詰まっている作品だと思っています。これからご覧になる観客のみなさんに、どのような視点で見てもらいたいですか。
みんなが体験していて、誰しもがすぐに”あの時の自分”を思い返せるっていうことは、すごく重要だなと思う部分です。あの時って僕も報道を見て知った気になって、”日本の対応は悪いんじゃないか”と、どこかで最前線で対応している人たちのことを悪者にしている自分がいたんですよね。でもいざ、彼らを取材して出来上がった脚本を読んだら、”あの時、船の中はこんなことになってたんだ”と思いました。実際、あの脅威に立ち向かった方々にもお会いしたら、皆さん一様に口をそろえて「1人でも多くを人を助けるのが自分たちの仕事だった」と話されていました。”そこに嘘がないんだ”と僕は思っているので、作品を観て、そこを感じてもらえるといいですね。話を聞くと本当に大変だったみたいですから。あの船に乗っている医師だと特定されて、所属している病院からも、もう派遣したくないと言われて、「本当に人が集まらなくなって大変だった」と仰っていて。この情報社会で、自分たちが受け取っているものを疑うことは、非常に重要なことなんだなと感じてもらえる作品にもなっています。そういうところも受け取ってもらえたらいいなと思っています。
ーー現在、フィクション、ドキュメンタリーとジャンルを問わず、コロナ禍に影響を受けた作品が多く公開されています。戦争映画のように、コロナを題材にした、いわゆるそういったジャンルとして一括りにして観てほしくないと思っています。
嬉しいです、そう思っていただけて。世界的には、こういう題材の作品っていっぱいあるんです。”触れなくてもいいんだけど、触れなければ、なかったことになってしまう”ことを、ちゃんと目を背けずに、ここまで踏み込んで作った作品は、日本では珍しいんじゃないかと思っています。やっぱり戦争とかって、どうしても僕らは、すごく遠いものじゃないですか。でもこれは全員、つい最近経験したものだから、あの当時、報道を見ていた自分たちであれば、このシーンは、”あの時のこれなんだ”って感じられると思う。確実に身近なものというか、自分ごととして観てもらえる映画になっていると思います。
ーー小栗さんは、この映画の公開に寄せて”僕らにとっても挑戦的だった”とコメントされていますが、その真意を教えてください。
コロナに対する考え方は、人それぞれだと思うんですよね。いろいろあったとしても、ダイヤモンド・プリンセス号の中では、実際、こういうことが起きていて、彼らは未知のウィルスと向き合った。そして彼らがしたことは、ただただ船の中の人間、みんなの命を救いたいと思っての行動だった。そこを純粋に受け取ってくれたらいいなと思うのですが、映画が出来上がったら、”はいはい、こういう題材を使って、お涙ちょうだい映画を作ったのね”って言われちゃうこともあるだろうと思うと、そこは挑戦しなければいけない部分だなと思いました。作品を観てもらえれば、ちゃんと作ったんだなと思ってもらえるんだろうけど、違う情報だけ受け取られると、きっと”はいはい”って言われちゃうかなっていう。
ーー作品を拝見していて、簡単な感想は書けるけど、そうすると事前に違う受け取り方をする人はいるんだろうなという印象があって、書く立場としても難しいなと思っていました。
そうですよね。僕らも伝えるのが、やっぱり難しいんですよ。公開してから観てくれた人たちが、映画のことをしゃべってくれて、公開後からお客さんが増えていくとかだったらいいですよね。多分、口コミで観る人が増えてくれる映画なんじゃないかなとは思うんですけどね。
ーー最後に、小栗さんは日本映画の最前線にいらっしゃると思っています。これから挑戦していきたいことありますか?
一切自分が俳優として参加しないプロデュース作品を作りたいですね。
取材・文 / 小倉靖史
撮影 / 岡本英理
ヘアメイク / 渋谷謙太郎
スタイリスト / 伊賀大介


映画『フロントライン』
2020年2月、乗客乗員3,700名を乗せた豪華客船が横浜港に入港した。香港で下船した乗客1人に新型コロナウイルスの感染が確認されていたこの船内では、すでに感染が拡大し100人を超える乗客が症状を訴えていた。出動要請を受けたのは災害派遣医療チーム「DMAT(ディーマット)」。地震や洪水などの災害対応のスペシャリストではあるが、未知のウイルスに対応できる経験や訓練はされていない医療チームだった。対策本部で指揮を執るのはDMATを統括する結城英晴と厚労省の役人・立松信貴。船内で対応に当たることになったのは結城とは旧知の医師・仙道行義と、愛する家族を残し、船に乗り込むことを決めたDMAT隊員・真田春人たち。彼らはこれまでメディアでは一切報じられることのなかった“最前線”にいた人々であり、治療法不明の未知のウイルス相手に自らの命を危険に晒しながらも乗客全員を下船させるまで誰1人諦めずに戦い続けた。
監督:関根光才
出演:小栗旬、松坂桃李、池松壮亮、森七菜、桜井ユキ、美村里江、吹越満、光石研、滝藤賢一、窪塚洋介
配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2025「フロントライン」製作委員会
2025年6月13日(金) 全国公開
公式サイト FRONTLINE-MOVIE.JP