Mar 19, 2025 column

『教皇選挙』はバチカンの闇を見つめたサスペンスである

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本年度アカデミー賞において8部門にノミネートし、脚色賞を受賞した『教皇選挙』が3月20日に公開される。レイフ・ファインズ主演で描かれる本作は、前作 Netflix『西部戦線異状なし』でアカデミー賞作曲賞を受賞したエドワード・ベルガー監督の最新作である。次なる権力者が選ばれる中でうごめく思惑と図られる陰謀。カトリックの総本山で繰り広げられる政治闘争を舞台に我々の価値観を揺さぶってくる本作の魅力を語りたい。

閉鎖的空間におけるリベラルと保守の戦い

第一次世界大戦の真っ只中、西部戦線に送り込まれた若いドイツ軍兵士を描いた『西部戦線異状なし』(2022)に続いて、エドワード・ベルガー監督は再び戦争映画に取り組んだ。描かれたのは砲弾が飛び交う物理的な戦争ではなく、駆け引きと戦略の心理的な戦争。それが『教皇選挙』(2024)だ。本作は、バチカンを舞台に様々な思惑が交錯する極上のスリラー映画だ。

カトリックの最高指導者ローマ教皇が心臓発作で急逝し、新たな教皇を決定するコンクラーベのために、100人を超える枢機卿たちがバチカンに集結。有力候補は、リベラル派のベリーニ(スタンリー・トゥッチ)、同じくリベラル派で選出されれば初めてのアフリカ系教皇となるアデイエミ(ルシアン・ムサマティ)、厳格な保守派のテデスコ(セルジオ・カステリット)、穏健保守派のトランブレ(ジョン・リスゴー)の4人。リベラルと保守による戦いの火蓋が切って落とされる。

だが、バチカン自体が世界最古の家父長制国家。完全なる男性優位社会で、女性たちはコンクラーベに参加することもできない。両陣営の戦いは、極めて閉鎖的で、保守的な環境のなかでの激突でしかないのだ。そもそもコンクラーベ(Conclave)とは、ラテン語のCUM(一緒に)とCLAVIS(鍵)を組み合わせ「鍵と一緒に」で「秘密の場所」という意味。選挙はクローズな環境で実施され、そのあいだ枢機卿たちは完全に隔離される。この映画で描かれる外界との隔絶は、そのままカトリックと国際社会との隔絶を表象している。

ちなみに現実の世界では、ローマ教皇フランシスコがこれまでの慣習を破り、シノドス(世界代表司教会議)の次官補に初めて女性を任命。イスラム教、仏教、ヒンズー教、儒教など様々な指導者と宗教間対話を行い、「各宗教が共有する価値観は、暴力の打破に用いるべき」だとする共同宣言に署名している。

また、同性カップルに祝福を与えることを正式に認めるなど、多様性を重視する姿勢を強く打ち出している。家父長制が根強く残るバチカンだからこそ、教皇フランシスコは「カトリックと国際社会との隔絶」を少しでも取り除きたいと考えているのかもしれない。

本作の主人公で、主席枢機卿のローレンス(レイフ・ファインズ)もリベラル派。ベリーニを支持し、自らも有力候補の一人であるにも関わらず、「自分は適任ではない」という立場を表明している。『教皇選挙』はローレンスの目を通して、熾烈な政権闘争‥‥コンクラーベを描いているのだ。