Jan 22, 2025 column

オスカーノミネーションに入るのか? 若きトランプをヒューマンに描く『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』(vol.61)

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2期目を迎えたドナルド・トランプ米大統領就任式が1月20日(現地時間)にホワイトハウスで行われた。関連イベントの詳細も華々しく、20日当日朝、教会での礼拝後、ホワイトハウスでバイデン大統領と慣例に従ってお茶会。正午には議会議事堂で就任宣誓式。ミシェル・オバマを除くほとんどの民主党も和気あいあいと一同に集まった次期政権の発足となった。去年、カンヌ映画祭で話題となった映画『アプレンティス: ドナルド・トランプの創り方』は日本でも先週公開。アリ・アッバシ監督は、本作の脚本家ガブリエル・シャーマンが、トランプ大統領のことを“米政治界のフォレスト・ガンプ”と呼んだことにヒントを得て、若きトランプをヒューマンに描いている。しかし、分断したアメリカ世論は両者ともこの映画に賛同せず。トランプ大統領の報復をおそれることで、映画も見ない人が多いことはとても、もどかしいと本作の監督アリ・アッバシは記者会見で語っていた。ハリウッドのオスカーレース・キャンペーンもキックスターターが必要なほどに苦戦。この秀作が1月23日 (現地時間) のオスカーノミネーションに入るのかハリウッド業界も見つめている。

物議を醸す映画制作で定評のあるアリ・アッバシ監督

アリ・アッバシ監督がこの映画を監督するに至ったのは2018年。監督2作目の映画『ボーダー 二つの世界』のプレミアで米コロラド州、テルライド映画祭に招かれた際、トランプ大統領1期目のトラベル・バン (渡航禁止) に引っかかったことにある。トランプ大統領のエグゼクティブ・オーダー (大統領令) により、中東6カ国の米国入国が禁じられたのである。アッバシ監督はコペンハーゲンに住んでいるものの、生まれはテヘランでイランのパスポートを保持。米政府の助言により、最初に特別入国を許されたケースとなったが、以来、次作はドナルド・トランプについての作品を撮ってはどうかと、脚本が多数送られてきたそうだ。そして出会ったのが、ニューヨークマガジンの別枠エディターで、トランプ大統領誕生の土壌を作ったロジャー・エイルズ (元FOX CEO) の伝記本を出版しているガブリエル・シャーマンの脚本。大統領になる40年以上前のヒューマンドラマに感銘したことがこの映画を作る始まりとなったそうだ。

新鋭監督アリ・アッバシはイラン出身でスウェーデンを拠点として活躍する監督。『ボーダー 二つの世界』で原作を脚色し、サスペンス・ミステリーの際立った主人公の描き方は、第71回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門でグランプリを獲得。さらに『聖地には蜘蛛が巣を張る』では、「スパイダー・キラー事件」というイランで実際に起きた娼婦連続殺人事件を題材に、さまざまな政治的圧力の下で真実を追い求める女性ジャーナリストを描き、政治的要素がたっぷり入ったクライムサスペンスで評価された。扱う題材も極めてスリリングなのだが、監督は「キャラクターを描く際、その人間が殺人者であろうともヒューマンなレベルでとことん理解することが最も大事なことだ」とインタビューで語っている。

監督が、ある意味取り憑かれている題材は、イランとアメリカの関係性。1979年まで中東における親米国として近い関係にあったにもかかわらず、一夜にして敵国となったこと。アメリカの政治はある意味わかりやすく、まるでWWEのプロレスでも見ているように、目のまえで政治ドラマが繰り広げられるというパフォーマティブな要素に惹かれるのだそうだ。この映画では、極端に分断されたアメリカの世相に肩入れせず、ただ単にドナルド・トランプという不動産家業2代目が、80年代、ニューヨークのスラム街に建設した豪華絢爛なトランプタワーをシンボルに、不動産王にのし上がっていく様を描いている。しかし、その公平な内容は反トランプ派には不十分、MAGA(Make America Great Again)ピーブルにとっても不適切で、どちらのテイストにもそぐわないところが、この映画が米国で疎外された理由であると監督は語っていた。

2025年1月20日ワシントンにて行われた大統領就任式。就任式が建物の中で行われたのは、2度目のレーガン政権以来。ロナルド・レーガン大統領に憧れていたドナルドは、レーガン大統領がサウジアラビア国王と面会した写真の後ろに写っていたりと、まさにフォレスト・ガンプ的な行動で、目的にまっしぐらに走っていたのである。映画『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』は1950年代の共産党排除運動、80年代レーガン大統領のスローガン「Let’s make America great again」キャンペーンを再興し、白人主義政治を復活させ、現在のドナルド・トランプ大統領復活に至った火種を検証している。栄光、破産、そして犯罪を犯した過去からも、ピンボールの玉のようにバウンスバック(失敗の後に再び成功する様)していく映画の主人公ドナルドは、米司法システムを味方につけてサバイバルしていくのである。