松坂桃李インタビュー 映画『雪の花 ―ともに在りて―』 過去があるから今がある 時代劇を馴染ませる覚悟

時代劇との距離感

ーー時代劇は『居眠り磐音』(2019) 以来ですが、松坂さんの思う時代劇の面白さや難しさは、どういったところがありますか?

今回の『雪の花』で時代劇に対する捉え方について考えました。時代劇というカテゴリーで括ってしまうと、やっぱり観る人にとって距離ができてしまう。今作も、歴史の教科書を眺めてるような、”こういうことがあったんだ”ぐらいの感じで終わってしまったりする可能性もあります。

これは小泉監督もおっしゃっていたんですけど、歴史があるから現在がある。本作も、時代劇ではあるけれど、現在とちゃんと繋がっている作品なんです。当時を生きていた人たちがいろんなことを成し遂げたからこそ、今、この時代がある。特にこの作品は、未曾有のウイルスによって、多くの人たちの命を奪ってしまうというお話です。みんなが実際にコロナを経験した今だからこそ、すごくリンクするものがある。

だから過去と現在を分けて観てしまうと、すごく損だと思うんです。

映画にも出てきますけど、疱瘡に罹った人って隔離するんです。コロナの時も隔離していたじゃないですか。当時も今も同じことをやっているんですよね。時代って本当に繰り返されるもので、そういった状況の中で、未知のものに対峙したときの人間って今も昔も変わらず、同じような恐怖や不安を抱いたりするんです。だからこそ、時代劇というだけで距離感を持って観てほしくなくて、演じる僕自身としても時代劇だからといって、プラスアルファをするでもなく、なるべくフラットに笠原良策という人物として、ちゃんと役と向き合うことを一番に考えていました。

ーー『居眠り磐音』でも共演された芳根京子さんが、今回、妻の千穂役として出演されています。芳根さんはじめ、共演者の方々とのエピソードを教えてください。

『居眠り磐音』では許嫁役で結婚できてなかったんですけど、今作では夫婦役でしたね (笑)。芳根さんは、今作のなかで一番カロリーが高かったんじゃないかなと思います。撮影の3カ月ぐらい前から太鼓の練習をしていて、久しぶりに現場でお会いしたときにはもう腕にテーピングをグルグル巻いていました。マイバチを持っていて、時間が空いているときには枕を叩いたりしていたみたいで、多分めちゃくちゃ疲弊していたと思うんです。だけど表に立ったときにはそういったことを微塵も見せない。

そこに至るまでの努力をしていたことを表には出さないというのは、役柄の千穂とリンクしていましたね。陰では大変なんだろうけど、良策の前では凛とした姿でしなやかで笑顔で明るく振る舞ってくれる。芳根さんの肝の座った感じというか‥‥。『居眠り磐音』では共演シーンが少なかったので、そこまでわかりませんでしたが、今回の『雪の花』ではすごく実感しましたね。

ーー『孤狼の血』(2018) で共演されていますが、笠原良策が教えを受けた日野鼎哉先生を演じた役所さんとの共演はいかがでしたか?

役所さんは今回で4度目の共演になります。鼎哉先生のお衣装とメイクで出てきたときは「あぁ”赤ひげ”が来た!」って思いました(笑)。それぐらいの迫力と風貌、そして慈愛に満ちた空気を纏って僕と対面してくださいました。

鼎哉先生の「理を求めず名を求めず」というセリフがありますが、良策にだけじゃなく僕自身にもくれた言葉のようで、役を飛び越えた説得力がありましたね。俳優としても何か通ずるものを感じたので、撮影が終わった今でもそのセリフはすごく心に残っています。

小泉監督 黒澤組の高揚感

ーー本作の出演オファーを受けられたときのお気持ちはいかがでしたか?

小泉監督からお声がけいただいたということがすごく嬉しかったです。オファーをいただいた時点では、作品の内容は聞かされてはいなかったんですけど、小泉組に参加できるなんて、本当に一生にあるかないかぐらいの貴重な機会だと思ったので、ぜひということで受けさせていただきました。

ーー今回ご一緒するまで小泉監督のイメージはどんな感じでしたか?

やっぱり黒澤組を経験している方ですから、厳しくて、荒波を超えてこられた凄みのある方だと勝手に思っていました。見た目もずっとサングラスをかけてるし怖い方なのかな?って。作品に入る前に、何度かお会いしてお話ししていくにつれて、物腰が柔らかく、懐が深く、愛に溢れた方なんだとわかりました。

ーー実際、小泉監督の演出を受けてどうでしたか?

小泉監督はとにかくリハーサルを重ねる方で、(台)本読みもたくさん行って、なんなら衣装も全部着た状態でリハーサルをやって、それで本番に臨むんです。役者に対しての愛の深さが、端々に感じられました。

「監督っていう仕事はね、役者が芝居をしやすいように整えてあげることが、重要。演出なんかよりも芝居がどれだけしやすくするか、後はもう素直に演技をやっていただければ、もうそれで十分だから」とおっしゃっていて、懐の深さを感じました。本当にお芝居に対してのケアを一番に考えている方ですね。

ーー小泉監督は、ワンシーンワンカットが基本で、今回はフィルムでの撮影だったそうですね。

ワンシーンワンカットなので、撮影自体はあっという間なんですよ。だから撮影自体はお昼前後に終わることも多くて。肉体的に大変だったっていうのは、雪山ぐらいですかね。吹雪の中、峠を越えるシーンでは、現場に行っても立ち位置も確認できない。口頭で「そこからこう上がってきてですね。カメラがこことあそこにあるんで、それがわかるようにお芝居してもらえれば」って感じでしたね(笑)。

ーー良策が使っている薬研の道具や種痘の針など、小泉監督ならではの本物志向を感じました。

すごくこだわっているんですよ。薬草を擦り潰す道具も、「当時『赤ひげ』で使ったやつなんだよ」とか言って持ってこられたりとか。それを持ってきちゃっていいんですか?博物館とかに寄贈するやつなんじゃないか?というようなものを気軽に持ってこられていました。

ーー本作で良策が夜中に7人の男に襲われるシーンがありますよね。あれは『赤ひげ』オマージュという感じでしょうか。

最後に言葉をかけるところとかちょっと似てますよね。あのシーンは久しぶりの立ち回りだったので、僕自身としても嬉しかったです。ただ、監督は「『赤ひげ』は関係ない」とおっしゃってはいました(笑)。

ーー撮影現場の雰囲気はどうでしたか?

すごい緊張感でした。全編フィルム撮影でしたし、撮影部・照明部含めてスタッフさんが、黒澤組を経験した方たちなので、現場に入ったときは、今まで僕が経験したことがないような空気感でした。それに、リハーサルを入念に重ねるから、よりカメラの前で立ってお芝居をするプレッシャーもありました。でもそれと同時に、当時の黒澤組でお芝居をしていた大先輩の方々も、この空気感の中でやっていたのかと思うと、ちょっとした高揚感みたいなものもありました。

時代劇から学び、そして思うこと

ーー笠原良策の役作りについて教えてください。

本当に台本をたくさん読んだことで、たどり着いたという感じですね。監督にも言われましたが「とにかく台本をたくさん読んでもらえるとわかると思う」ということだったので、現場に入る前に自分の中で良策さんと向き合う時間をたくさん作った結果がこれに繋がりました。

ーー舞台挨拶では、実在する人物を演じる上の難しさについてお話されていました。具体的にどのような難しさがありましたか?

実在した方を演じる緊張感ってあるんです。ちゃんと資料を読み込んで、一体どういう人物なのか、を考えます。そして資料にはないけれど、台本には描かれているという部分は、監督と僕で想像を膨らませながら演じる。そういった大変さはあるんですけど、役所さんや芳根さんはじめ、いろんな共演者の方々とお芝居をさせていただくことで役をさらに引き出してもらえる。

そこは、監督のいう「あとは素直に演じてくれれば」に繋がるんですけど、リハーサルや(台)本読みを入念にやったからこそ、あとはもう現場で相手のセリフを聞いたことによって、自分から出てくる言葉、表情とかっていうものが、正解に繋がると思うんです。

ーー笠原良策は強い信念の持ち主という印象を受けました。彼から学んだこと、教えられたことがありましたら教えてください。

彼の強さの一番の根幹は、医者としての志の高さだと思いました。その当時の漢方医学では、治療法もない、感染したら終わり。そんな手がつけられない病気に対して、別に自分の身内でもないのに、他人の命を救うために一から蘭方を学び直す。もしかしたら打開策であるかもしれないという可能性を信じてそこへ向かっていく。なかなか真似できることではないなと思います。

それと同時に、くじけそうなときには自分の回りに助けを求めることの大事さも教えてもらいました。何か大きなことが起きたときに立ち向かう人が、少なからずいるからこそ、未来ある子どもたちの命が救われる。コロナとか大きな震災があった時、自分の命が危ないという状況でも、果敢に立ち向かった人がいるから、自分たちが救われているんだなと改めて感じました。

ーー作中にいろんな登場人物から「お役に立つ」というセリフが多くみられました。そういった言葉遣いに日本人の美を感じたのですが、松坂さんは、時代劇におけるセリフや言葉遣いについてどうお考えですか?

海外の方からすると日本語って一番難しい言葉らしいんです。一つの言葉でも、いろんな種類の言葉が派生してあるように、それだけ彩りがたくさんある。そして意味がとても深く、その情景や感情を表している。だから我々はそこに対して美しさだとか、儚さだとか、いろんな感情を受け取れるのかなと思いました。

最近の言葉って少し浅いところもあると思うんですが、昔の言葉って、ちゃんと意味がある。心の深いところから芽生えてくる言葉遣いであったりするので、それが美しさにつながっているんじゃないかなと思います。

ーーセリフとしておっしゃるときに、そういうことを踏まえて演じていらっしゃるんですね。

そうですね。あとは言葉や所作を身体に馴染ませるようにするっていうことが一番大事かな。「お役に立つ」とか普段使わなかったりするじゃないですか。でも繰り返し言っていると、同時にその言葉の意味が身体にすごく馴染んでくるんです。そうするとセリフとして表現するときに、それがすっと出て、心も気持ちが良くなる。日本語にはそういう力を感じます。

新しい時代に残したいこと

ーー今まで様々な作品に出演されていますが、俳優という仕事に対してずっと変わらないことはありますか?

謙虚に人の世話になるということです。どんな仕事においても同じかもしれないですけど、やはり人の手を借りないと成立しないので、そこに対しての感謝や謙虚さをみたいなものを忘れてはいけない。年齢が上がったとしても立場が変わったとしても変わらず、そこは持っておきたいと思っています。

ーー逆に新しく挑戦したいことはありますか?

1年ぐらい役作りをして作品に臨みたいですね、それによって役を演じる時にどうなるかっていうただの実験ですけど(笑)。それが果たしていい方向に作用するかどうかはわからないですが、どうなるかっていうことは試しにやってみたいと思います。

ーー 1年間かけてどんな役作りをしてみたいですか?

それだけの時間があるのであれば、何か身につけたいですね。例えば、ピアニストの役だったらピアノを1年間練習したり、あとはその作品の舞台になる場所に1年間住んだり‥‥。言葉が違うのであれば、その言語を勉強して、ちゃんと自分の中で馴染ませるような。留学を兼ねた役作りとか。

ーー歴史があるから今があるというお話しをされていました。本作も子どもたちの命を運ぶ、受け継いていくという未来に繋がるお話しだったかと思います。松坂さんが未来に残したいことは何ですか?

やはり映画です。映画って残るものだと思うので、自分が生まれていなかった時代に作られた作品が今でも観られたりするじゃないですか。こうやって残っていくんだなっていうのを改めて思うと、自分がこの仕事をしている以上は、ちゃんと意義のある作品に参加して、後々に残していく。いつか自分の子どもが、その作品を観る機会があったら、”うちの父親はこういう作品に出てたのか”って、何かそこから受け取るものがあったら幸せだなと思いますね。

ーーこんな映画を残したいというイメージはありますか?

これから自分が参加するものは全部です。子どもに見せても恥ずかしくないようなっていう意味かもしれないです。

ーーお子さんが生まれる以前とは考え方は違いますか?

全然違いますね。独身のときは残るものっていう意識があんまりなかったです。もし子どもの目に留まる機会があるんだったら、”あ、いい作品だったな”と思えるようなものに出ていきたいなと思います。それで、刺激をもらってくれれば嬉しいです。

取材・文 / 小倉靖史
撮影 / 藤本礼奈

映画『雪の花 ―ともに在りて―』

天然痘の絶対確実な予防法が異国から伝わったと知った福井藩の町医者・笠原良策は、京都の蘭方医・日野鼎哉に教えを請い、ま私財をなげうち種痘の苗を福井に持ち込む。妻・千穂に支えされながら、自らの利益を顧みずに、天然痘に侵された日本を救おうと立ち上がった、実在の知られざる町医者・笠原良策が、いま問いかける[生きる希望]とは。

監督:小泉堯史

原作:吉村昭「雪の花」(新潮文庫刊)

出演:松坂桃李、芳根京子、三浦貴大、宇野祥平、沖原一生、坂東龍汰、三木理紗子、新井美羽、串田和美、矢島健一、渡辺哲、益岡徹、山本學、吉岡秀隆、役所広司

配給:松竹

©2025映画「雪の花」製作委員会

2025年1月24日(金) 全国公開

公式サイト movies.shochiku.co.jp/yukinohana