ポール・メスカルが好きな映画ファンは彼が主演する映画に男らしさを期待していない。テレビシリーズ「ノーマル・ピープル」でZ世代のハートを一気に掴んだアイルランド系俳優ポール・メスカル。以来、映画デビュー後、シングルファーザーからLGBTQの恋人役まで、ポールのアンニュイな雰囲気に魅了されてきたファンは、彼がハリウッド大作『グラディエーターII』になぜ主演したのか不思議に感じているかもしれない。ポールにとってのグラディエーターへの役作りは、夜はロンドン舞台に出演しながら、昼間はトレーナーをつけて、という過酷なもの。全米公開11月21日(現地時間)前の18日に行われた米アカデミー賞前哨戦に向けた米記者会見の内容を中心に、俳優ポール・メスカル、そしてリドリー・スコット監督の映画を作り続ける元気の源を紹介。
女性の描く作品の中で光り続けてきたメスカルの男らしさ
ドラマシリーズ「ノーマル・ピープル」の原作は、世界40言語以上で翻訳されたほか、とくに英語圏では150万部以上を売り上げた女流作家サリー・ルーニーの小説。裕福な家で生まれた娘マリアンは、家のお手伝いさんの息子コネルと幼馴染。社会格差だけでなく、人気者のコネルに相反して、マリアンは高校一の嫌われもの。お互い惹かれあいながらもどこかぎこちなく、周囲に内緒で付き合いはじめるが世間体を気にしすぎて、卒業前に別れてしまう。劣等感で引き裂かれた切ない恋だったが、大学進学したコネルには、別人のように人気者になっているマリアンとの運命の再会が待っていた。テレビシリーズ化されたその主人公たち、マリアンとコネルを演じた俳優の相性は抜群で、たちまちコネルを演じた当時24歳の俳優ポール・メスカルに世界中の注目が集まったのである。
以後、映画に引っ張りだことなったメスカル。2022年にはアカデミー賞脚本賞を受賞した脚本家・監督マギー・ギレンホールの『ロスト・ドーター』(2021)でオリヴィア・コールマンが演じる主人公が夏のバカンスで訪れる伊ビーチのライフガード役で映画デビュー。『ゴッズ・クリーチャー』(2022)では、アイルランドの漁村を舞台に、牡蠣工場でまじめに働く母を翻弄するミステリアスな息子役。シャーロット・ウェルズ監督『aftersun アフターサン』(2022)では父一人娘一人のバカンスの記憶をたどるヒューマンドラマで、愛しくも陰のある父親を演じ、26歳でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。24年には同じくインディー映画で注目された山田太一原作、アンドリュー・ヘイ脚本兼監督のロンドンを舞台にした『異人たち』(2023)に出演。両親の思い出に翻弄される脚本家アダムが恋におちる謎の青年を好演。さらに、ほぼ毎年、映画ほか、ロンドン、ウエストエンドの演劇活動と多忙。演技派男優として確実に頭角をあらわしている。
リドリー監督と長年仕事をしてきたキャスティング・ディレクター、ケイト・ローズ・ジェイムズは、あの俳優ベネディクト・カンバーバッチをテレビシリーズ「SHERLOCK(シャーロック)」(2010−2017)に配役したベテラン。彼女は完成された『グラディエーターII』の脚本を読み、そのエンディングに至る主人公を演じきることができる俳優探しに懸命だった。エピックでスケールの大きなこの映画のクライマックスにたどりつける俳優に必要なのは、体格、インテリジェンス、そして独特のきらめき。多くの俳優の名が候補に上がっていた中、彼女はロンドン映画祭で、『ゴッズ・クリーチャー』と『aftersun アフターサン』を観て、ポール・メスカルが『aftersun アフターサン』でオスカーにノミネートされる前に、彼こそがルシアス役だと確信。彼の横顔の写真をリドリー監督に送り、「ほら、ローマ人の鼻よ!」とすでに彼の配役に興味を示していた監督と意気投合したのだとバックステージで撮影準備の秘話を話している。
11月18日ロサンゼルス、ビバリーヒルズの記者会見に現れたリドリー監督は、会場に訪れた記者から87歳となる誕生日の前祝いをされ、笑顔で登場。「テニスをしすぎて、膝がちょっと弱いんだ」とこぼしながらも壇上に元気よく登り、ヴァーチャル記者会見撮影で用意されたライトがまぶしすぎると、「違う方向に向けてくれ」など細かく指示。監督は、前作の主人公を演じたラッセル・クロウとはまったくタイプの違うポール・メスカルをなぜ今回の主人公に選んだのかという質問に、「覚えているかい?マキシマス(ラッセル・クロウ)は17年間、家に帰らなかったんだ。前作の主人公と今作の主人公は大きく違う。父の顔を知らない息子ルシアスは、かなり精神的な打撃を受けている。」とローマ帝国の歴史からインスパイアされた映画の世界観にふれながら解説。マキシマスの妻ルッシラが夫の死後、暗殺される危険を防ぐために辺境の地へ送った息子ルシアスは父も母も知らずに成長した1匹狼。運命に導かれてコロセウムで父と同じように戦う役どころだから、どこか寂しげで、だけれども骨太なメスカルが適役だったそうだ。
母親ルッシラ役を演じた女優コール・ニールセンも「ポールの男らしさはラッセル・クロウの時代の男らしさとは大きく違うが、両者とも磁石に引かれていくような魅力」と主張。「ラッセルは何かに抵抗する反逆者的魅力で、メスカルはそういった男らしさを一切必要としない。芯は強く、戦い方は機敏性があり運動競技に長けた、常に心がそこにある頼れる存在。はじめて会う息子ルシアスとの緊張感をともなうシーンの前に、メスカルには撮影前に会わないようにしていた」と、母親役への情熱を語っていた。