Nov 22, 2019 regular
#25

バーレーン×ジャズ×電子音なUKの才能を観た

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柳樂 光隆

1979年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。元レコード屋店長。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本『Jazz The New Chapter』シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。ライナーノーツ多数。若林恵、宮田文久とともに編集者やライター、ジャーナリストを活気づけるための勉強会《音筆の会》を共催。

10月にロンドンに行ったときにバーレーン出身のトランぺッターのヤズ・アハメドを観た。民族性やジャンルが入り混じるロンドンらしいハイブリッドな音楽がとても面白かった。今のUKジャズの最も面白い部分を観た夜だと思った。

ヤズ・アハメドを知ったのは、個人的に注目していたUKのNaim Recordからのリリースをチェックしていた時だ。

バーレーン生まれで、イギリス育ちの彼女はアラビックな旋律とリズムをジャズに取り入れたサウンドを追及している。その個性は高い評価を受け、彼女はイギリスの様々なプロジェクトに起用され、楽曲を提供し、UKジャズのシーンを代表する存在の一人になっていた。自身のプロジェクト以外でもレディオヘッド、リー・スクラッチ・ペリー、ナイル・ロジャースなどの作品に起用されたり、ライブで演奏したりもしている。そういったところからも彼女がいかにUKで存在感を持っているのかがわかるだろう。

2016年にはアラビア音楽を奏でるために必要な微分音を奏でることができる特注のフリューゲルホーンを手に入れ、それをもとに2017年にはセカンドアルバム『La Saboteuse』を制作し、一気に飛躍した。高評価を追い風に2018年には『La Saboteuse』のリミックスのEPを発表。そして、今年2019年にはサードアルバム『Polyhymnia』を発表。リリースするのは、今、アメリカのジャズシーンの重要作を多数取り扱っているRopeadope Recordsだ。

そんなヤズのライブを僕はロンドンの名門ジャズ・カフェで観てきた。

この日は彼女の新しいプロジェクトの初ライブでその名も「エレクトリック・ドリームス」。デンマークのギタリストのサミュエル・ヘルクヴィストがギターを、ジェイソン・シンがヴォイス・パーカッションとエレクトロニクスとヴォイス・エフェクト、アメリカ人のdロッド・ヤングスがドラムのカルテットで、ヤズはトランペットとフリューゲルホーンとエレクトロニクスを操る。ジェイソンとサミュエルはヤズの過去作にも参加経験があるが、ロッドはない。彼は晩年のギル・スコット・ヘロンのバンドのドラマーで、UKに渡ってからはコートニー・パインやデニス・バプティストなどのカリビアンのジャズミュージシャンと活動しているようだ。

トランペットを吹きながらパッドを操作するヤズ・アハメド

この日はロッドのジャズ~ソウル~ファンク的なビートの上で、3人が自由に音を出す即興要素の強いセッション。エレクトリック・ドリームスの名前そのままに全員がエフェクターを通して変調させた音色で、リヴァーヴやディレイやループ、空間系のエフェクトなども多用しながら、アンビエンスを活かした演奏をしていた。途中でふと気が付いたのだが、それぞれのミュージシャンが奏でているサウンドがそれぞれに文脈が異なっているのだ。北欧デンマークのギタリストはロック的ではあるが、そこにはECM的な現代音楽や北欧のフォークソングのような雰囲気があり、インド系と思われるジェイソン・シンはヴォイス・パーカッションの中にボルとも呼ばれるインドのタブラ奏者が使うヴォイス・タブラのようなものを織り交ぜていたりもした。そこにレバノン出身のヤズのアラビックなフレーズがあれば、ドラムはアフロアメリカン経由のジャズやソウルのグルーヴだ。そこにロッドがレゲエっぽいリズムを加えたり、ジェイソンがラップを加えたり、異なる地域や人種のミュージシャンがそれぞれが奏でられる文脈を奏でて、それらが空間の中でゆったりと溶け合ったり、時にぶつかったり、がっちり噛み合ったりする。

それを可能にしているのはヤズとジェイソンとサミュエルの3人がサウンドを徹底的にエレクトロニックにして、UKらしく絶妙にコントロールされたダブ的な音響だろう。そして、その音響を活かすような音を意識的に奏でた3人のサウンドがあってこそ、だ。ヤズのトランペットやフリューゲルホーンも早いパッセージはほとんどなく、ロングトーンやレガートが多かったし、もともとの彼女の特徴でもある空気をたっぷり含んだ中音域の柔らかい音色がより的確にエフェクトに合わせて鳴らされていた。右手だけでトランペットを支えて吹きながら、左手ではテーブルの上のパッドを触りリアルタイムでエフェクトを繊細にコントロールしながら、それを足元のスイッチを踏んでループさせたり、幾重にも重ねて、響きあわせたり、ぶつからせながら、独特の雰囲気を生み出していて、そこではもはやメロディーを吹くというような発想自体が希薄にさえ思えた。

そういえば、セカンドアルバム『La Saboteuse』に比べると、サードアルバム『Polyhymnia』はかなり抽象度が増している。長尺の曲が多く、アンサンブルを重視したアルバムであることが印象的だが、先日のライブを観てから改めて聴き直してみて感じたのは、空間的な響きを活かしていることと、テンポが遅い曲が多いことだ。それはライブにも共通していたが、ゆったりとしたというよりは、むしろ遅さを感じさせるテンポの中で、音色や残響が広がっていくその色彩の変化や、肌で感じられるようなサイケデリックなまでのサウンドの手触りの変化みたいなものをじわじわと聴き手の脳内に沁み込ませながら、いつの間にかその夢見心地の世界に取り込んでいるようなサウンドとも言えるのかもしれない。電子音やエフェクトだけでなく、バスクラリネットやバリトンサックスのような独特の空気感と音色を持った管楽器とヴィブラフォン、グロッケンシュピールといった豊かな倍音を生み出す鍵盤打楽器をそこに組わせて、それらにゆったりとその音色を奏でさせているのもそんな狙いを感じるのだ。ホーンセクションのアンサンブルもほんの少しづつズラしながら、いくつかの管楽器がゆっくりと重なっていく中で変わっていく響きや質感を味わえるようになっているし、そこにエフェクトリックな楽器や電子音を重ねて更なる変化を演出している。

トランペット奏者によるエフェクトアルバムと言う意味ではニルス・ペッター・モルヴェルなどを思いだすが、ヤズはその系譜にはありつつも、更に現代的なエレクトロニックミュージックやインディーロックがもつサウンドをより深く理解したハイブリッドな音楽を生み出すトータルなサウンド・クリエイターなのではないかと僕は感じた。

そういえば、このライブはWomen in Jazzというプロジェクトの一環だった。音楽業界の性的平等を推し進める動きはロンドンの各地で行われていたが、このWomen in Jazzもその一つ。男性ミュージシャンの割合が特に多いことでも知られるジャズのシーンで、女性ミュージシャンがリーダーを務めるバンドだけをブッキングしたライブ企画を様々なヴェニューと組んで行っている。このヤズのライブもその企画で、前座としてRosie Turton Quintet、Alina Bzhezhinskaの女性バンドが出演していた。彼女らはまだまだ無名に近いアーティストだが、こうやって若手の女性ジャズミュージシャンをジャズ・カフェのようなステージで演奏する機会を与えてフックアップして、まだまだブッキングされる割合の低い女性ミュージシャンたちとヴェニューを繋いだりしているのがWomen in Jazzだ。

今、UKでは2010年以降、女性のアーティストをサポートする流れがかなり充実してきていて、そんな流れの中からヌバイア・ガルシアだったり、ヌバイアもメンバーになっている女性だけのバンドのNerijaだったり、女性アーティストがシーンを盛り上げるくらいに目立っている現状がある。

ヤズはこの流れのシンボリックな存在の一人。ヌバイア・ガルシアを輩出したジャズ教育に取り込んでいるNPOで、女性ミュージシャン教育に力を入れているトゥモローズ・ウォーリアーズが、UKで様々なアーティストをサポートしているファンドのPRS Foundationの中にある女性をサポートするプログラムのPRS Woman Make Musicと組んで行ったプロジェクトのために、ヤズは女性のアンサンブルに曲を書いたりもしている。バーレーンの血を引いている移民で、ジャズシーンでは少ない女性ミュージシャンであり、そして、誰が見ても個性的な音楽を作り、ハードルの高いアメリカのレーベルとの契約を勝ち取った彼女は、UKの女性ミュージシャンのひとつのロールモデルにもなっているようだ。

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