Jul 12, 2019 regular
#14

パンチ・ブラザーズのライブが凄かったこと

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柳樂 光隆

1979年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。元レコード屋店長。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本『Jazz The New Chapter』シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。ライナーノーツ多数。若林恵、宮田文久とともに編集者やライター、ジャーナリストを活気づけるための勉強会《音筆の会》を共催。

ブルーグラスというどこか古臭さを感じるジャンルが今、面白い。その最前線にいるのがパンチ・ブラザーズだ。彼らはジャズやクラシックやインディーロックなどあらゆるジャンルから注目されている。待望の来日公演の会場には幅広い世代の観客が集まっていた。

近年、ジャズのリスナーがブルーグラスにも関心を持ち始めている。その原因はパンチ・ブラザーズというバンドの存在に尽きるだろう。

2006年に結成された彼らはリーダーでマンドリン奏者のクリス・シーリ、フィドル奏者のゲイブ・ウィッチャー、バンジョー奏者のノーム・ピケルニー、アコースティックギター奏者のクリス・エルドリッジ、ダブルベース奏者のポール・コワートの5人組。パンチ・ブラザーズのこの編成はブルーグラスにおけるスタンダードなものだ。

元々アイルランドやスコットランドからアメリカに移住した人たちが持ち込んだ音楽がルーツでそこにカントリーやフォーク・リヴァイヴァルなどが入り混じって発展してきた弦楽器のみによるアコースティックの音楽だ。それぞれの楽器がそのテクニックを競うように即興演奏を交えるさまはジャズにも通じるものがある。

とはいえ、ブルーグラスは超絶技巧のバンジョー奏者ベラ・フレックがチック・コリアと共演したりとジャズに接近したり、ベース奏者のエドガー・メイヤーがジャズやクラシックに加えブルーグラスにも取り組んでいたものの特殊な例で、そこには「越境」のような感覚があった。しかし、2010年代に入って、様々なジャンルからその境界を感じさせないようなハイブリッドなサウンドが増えた今、ブルーグラスとジャズが自然にまじりあう光景が目に付くようになった。

クリス・シーリがジャズ・ピアニストのブラッド・メルドーとたびたび共演し、2017年には連名で『Chris Thile & Brad Mehldau』をリリースしたり、クリス・エルドリッジがジャズ・ギタリストのジュリアン・ラージと共演し、二人の連名で2013年に『Close to Picture』、2014年に『Avalon』をリリースしたりと、現在のジャズシーンの最前線で活動するミュージシャンとパンチ・ブラザーズのメンバーの共演が続いているだけでなく、ジュリアン・ラージはもともとブルーグラスにも馴染みがあり、バンジョーを弾いたりもしていたこともあり、その音楽の中にブルーグラスの要素も聴こえてきていて、彼の音楽を聴いていると、そのジャンルの間に境目を感じなくなっている自分がいるのがわかる。

そもそもパンチ・ブラザーズやそのメンバーたちはインディーロックの要素を取り込んでいたり、クラシック音楽やクラシックの音楽家とも積極的に交わっていたり、彼らの音楽自体がブルーグラスだけでは捉えきれないものだ。そこには前述のブラッド・メルドーやジュリアン・ラージをはじめ、サラ・ワトキンス、サラ・ジャロスツ、イーファ・オドノヴァンなど、同じような志向を持つミュージシャンたちが集まり、交流し、新しいアメリカンルーツミュージックのようなものが生まれつつある。

そんなパンチ・ブラザーズが久しぶりに来日をした。会場はブルーノート東京。

会場につくと、ステージにはマイクが1本だけ。そこにはアンプもなければ、エフェクターの類も1つもない。ステージに現れたメンバーたちはアコースティックの弦楽器を手に、その一本のマイクを中央に置いて、5人でそれを囲むようにして演奏する。歌うときは顔をマイクに近づけ、ソロを披露するときは他の4人が一歩だけ後ろに下がり、ソロイストはマイクに楽器を近づけるようにして演奏する。それぞれのメンバーの演奏の音量やマイクからの距離が意図的にコントロールされることでその響きが立体感をもち、同時にマイクとの距離や演奏者の指先のダイナミクスを視覚情報として得た観客にとってはそのダイナミクスの生々しさが増幅される効果もある。目の前で起きていることがほぼ裸のままの音のように鳴らされる感覚はアコースティックのバンドならではの「体験」だ。

撮影/山路ゆか

僕にとってそんな演奏方法はモノクロームの映像の世界の話だと思っていた。1930~40年代にカーター・ファミリーがやっていたような遠い時代の話だと思っていた。それが目の前に現れただけでも僕は驚いた。

ただ、海外でのライブ動画を見ると、ひとりひとりの前にマイクが置かれているものも少なくない。これはブルーノート東京くらいの規模で、ほぼ生音でも全体に届くくらいの会場だからこそ実現できたもので、とても貴重で、ぜいたくな時間だったのだろう。

真ん中にベース奏者のポール・コワート、その両隣にマンドリン奏者のクリス・シーリ、アコースティックギター奏者のクリス・エルドリッジ、そして、そのさらに外側にフィドル奏者のゲイブ・ウィッチャー、バンジョー奏者のノーム・ピケルニーという並び。

低音のリズムはほぼすべてダブルベースが担当することになり、その両サイドのマンドリンとギターがカッティングでリズムを加え、フィドルとバンジョーはそれぞれの独特の音色や音質でバンドに貢献する。全員が弦楽器なので、全員がメロディーを奏でることも可能だし、全員がリズムになることも可能で、つまり様々な旋律やリズムをそれぞれが同時に鳴らしながら、それらを絡ませることもできるし、その役割をどんどん切り替えることもできる。フィドルとダブルベースは弓を使えばロングトーンを鳴らすことも可能で必要あらばドローンを加えることもできるし、弓での演奏と指による演奏を弾き分ければ、それだけでメロディーやリズムには多彩なバリエーションが生まれてしまう。更にバンジョーのような特殊な楽器なら高速で爪弾く単音を敷き詰めることだってできて、異なる音色の単音によるサウンドだけでもバリエーションは豊富だ。

パンチ・ブラザーズのすごさはそれぞれの演奏技術が尋常じゃなく高いことやその楽曲やアレンジのすさまじさであることは言うまでもない。ただ、それぞれの楽器の奏法を突き詰めた演奏者たちが、それそれが身に付けた手法をパンチ・ブラザーズという「場」で提供することで、5つの弦楽器によるアコースティックでの演奏の可能性がどこまでも広がっていくような感覚が得られることが大きいんじゃないかと僕は感じている。マンドリンという楽器のイメージをはるかに超えるテクニックでバッハの曲さえも奏でてしまうクリス・シーリの演奏はリスナーが持っている常識を簡単に壊してくれるし、フィドルのロングトーンとバンジョーの単音の連なりを対置させることで生まれる響きは全く違う特性を持つ楽器の音が空気中で響きあうさまがどれだけプログレッシブなことであるかを体感させてくれる。そういったひとつひとつの驚きや感動や体感がたった一本のマイクを通じてもたらされ、聴き手の中に積み重っていく。こんなライブはパンチ・ブラザーズでしか味わえない。

あの1本しか立っていないマイクは、パンチ・ブラザーズが魅せてくれるライブにある生でしか味わえない「体験」の美しさの象徴なのかもしれない。

撮影/山路ゆか
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