Jun 28, 2019 regular
#12

平成とジャズ:北欧フィンランド・ジャズ

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柳樂 光隆

1979年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。元レコード屋店長。21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本『Jazz The New Chapter』シリーズ監修者。共著に後藤雅洋、村井康司との鼎談集『100年のジャズを聴く』など。ライナーノーツ多数。若林恵、宮田文久とともに編集者やライター、ジャーナリストを活気づけるための勉強会《音筆の会》を共催。

前回はニコラ・コンテを中心としたプロデューサーらによりDJカルチャーの中で盛り上がったアコースティックのジャズバンドのムーブメントしてのイタリアン・ジャズを紹介しました。同じ時期に北欧フィンランドでも同じようなムーブメントが起きていました。

イタリアでスケーマ(Schema)レーベルがスケーマ・セクステット(Schema Sextet)やニコラ・コンテ(Nicola Conte)、ジェラルド・フリジーナ(Gerardo Frisina)などのコンサバティブなスタイルのアコースティックのジャズバンドをDJ向けに提案して成功していたころ、フィンランドでも同じ動きがジャズ系のDJの間で始まっていた。

UKのクラブシーンのジャズのトレンドがヨーロッパに波及していた話はイタリアンジャズの記事でも書いた。90年代後半にはスウェーデンのクープ(Koop)やドイツのジャザノヴァ(Jazzanova)に代表されるようなジャズ音色の生音をサンプリングしたダンストラックを作るクラブジャズのDJたちがヨーロッパ中にいた。彼らはそういったダンストラックを60~70年代のジャズのレコードと一緒にプレイしたりもしていた。ニコラ・コンテもその一人だったといっていいだろう。

北欧のフィンランドにもそういったムーブメントに共感するDJたちがいた。彼らはニュースピリット・ヘルシンキ(Nuspirit Helsinki)と名乗り、DJだけでなくプロデューサーやミュージシャンも含めたコレクティブとして活動していた。90年代末からジャズ系のDJにも人気の高いデトロイトテクノっぽさもあるディープハウスやテックハウス系のシングルをリリースしたり、クラブジャズ周りのリミックスを手掛けたりしながらクラブジャズ方面でも知名度を上げていく。その中にはニコラ・コンテやジャザノヴァ周りの名前があり、同じシーンにいたことがわかる。

そのニュースピリット・ヘルシンキのメンバーだったDJでプロデューサーで、鍵盤奏者のツォーマス・カリオ(Tuomas Kallio)がDJでレコードコレクターだったアンチ・エーリカイネン(Antti Eerikäinen)と出会ったことでファイヴ・コーナーズ・クインテット(The Five Cornors Quintet)というバンドが生まれる。

ベースのアンチ・ロッジョネン(Antti Lötjönen)、トランペットのユッカ・エスコラ(Jukka Eskola)、ドラムのテッポ・マキネン(Teppo Mäkynen)、サックスのティモ・ラッシー(Timo Lassy)、ピアノのミカエル・ヤコブセン(Mikael Jakobsson)、キーボードのキム・ランタラ(Kim Rantala)らが集められ、ツォーマス・カリオとアンチ・エーリカイネンが作り上げたコンセプトに沿って音楽が作られて行った。そして、彼らの音源をリリースするためにアンチ・エーリカイネンはリッキー・リック・レコーズ(Ricky-Tick Records)と言うレーベルを立ち上げ、2005年にそこからこのムーブメントを象徴するファイブ・コーナーズ・クインテットの代表作『Chasin’ The Jazz Gone By』を皮切りに、様々な作品をリリースしていった。

イタリアンジャズのムーブメントがニコラ・コンテとジェラルド・フリジーナによるスケーマから生まれたように、フィンランドジャズはアンチ・エーリカイネンによるリッキーティックが仕掛けたもの、と言えるだろう。

ファイブ・コーナーズ・クインテットはクインテット(5人編成)という名前がついているが、実際はメンバーは流動的だ。なぜ、そんな名前がついているかというと1950~60年代のモダンジャズへのオマージュがバンドのコンセプトだから、だという。実際に彼らのサウンドは1950~60年代のハードバップのサウンドがベースになっていて、スケーマ・セクステットやニコラ・コンテ『Other Directions』やハイ・ファイヴ(High Five)と同傾向。『Chasin’ The Jazz Gone By』にはゲストとしてアメリカの名ジャズ・ヴォーカリストでありケニー・クラーク=フランシー・ボラン(Clarke=Francy Boland)との共演作『Midnight Mood』(Sahib Shihab参加)がDJの間で人気のマーク・マーフィー(Mark Murphy)や、フィンランドジャズシーンのレジェンドのサックス奏者エーロ・コイヴィストイネン(Eero Koivistoinen)が参加していたのも、60年代のジャズをトレースすようなサウンドの中に本人を加えるという意味があるのであれば、ジャンニ・バッソ(Giannni Basso)らを起用したイタリアンジャズと同じ行為だと言えるだろう。ちなみにマーク・マーフィーはジャズダンス~アシッドジャズのころからDJからの支持が高く、United Future Organizationや4Heroの楽曲にもフィーチャーされているようにUKのクラブシーンではレジェンド枠。その辺りからもフィンランドジャズもUKのクラブジャズから連なるムーブメントであることがわかる。

2005年にファイブ・コーナーズ・クインテットの中心メンバーだったトランペットのユッカ・エスコラは『Chasin’ The Jazz Gone By』と近い路線の『Jukka Eskola』をリリースし、翌2006年にはフレディー・ハバード(Freddie Hubbard)のCTI時代をオマージュした『Hub-Up』を、サックス奏者のティモ・ラッシーは60年代のソウルジャズなども意識した『The Soul & Jazz Of Timo Lassy』を2007年にリリースするなど、個々のメンバーもオールドスクールな60-70年代のジャズ・スタイルの作品をリリースしていった。個々のメンバーは1970年代生まれなので、ロバート・グラスパーらの同世代だが、アメリカのジャズシーンとは全く異なる方向性のジャズを演奏していたのもイタリアンジャズと同じだ。他にも共通点はあり、ダンストラックであることを重視しサンバやボサノバのアレンジが多かったり、DJ向けのEPをアナログでリリースしていたりするのも共通していたり、フィンランドのムーブメントがイタリアンジャズのフォロワー的なものだったのはよくわかる。

2001年にはフィンランドでJazzpuuと言うレーベルが立ち上がり、その頃からフィンランドの名門レーベルのLove Recordsが60-70年代のジャズをCDで再発するようになった。オリジナル盤が入手困難だったエーロ・コイヴィストイネンやヘイッキ・サルマント(Heikki Sarmanto)などのフィンランドジャズのオリジネイターたちによる50-70年代のフィンランドジャズの過去作が再発され、DJを中心に話題になる流れができたのもイタリアン・ジャズのケースとほぼ同じだ。エサ・ペスマン(Esa Pethman)『The Modern Sound Of Finland』、クリスチャン・スウィンツ・クインテット(Christian Schwindt Quintet)『For Friends And Relatives』といったフィンランドにおける最初期のモダンジャズアルバムから、エーロ・コイヴィストイネン『For Children』『Odysseus』といった彼の初期録音までが日本のCDショップにも並んだ。後にアメリカのPorter Recordsまでがフィンランドジャズを再発したのはこういったムーブメントがあったからこその出来事だろう。DJやレコードコレクター、再発レーベルによる中古レコード市場と密接に繋がっていたのがあらゆる国での90-00年代のジャズ周辺のクラブシーンの特徴で、そこも踏襲していたのだった。

ただ、異なる部分を上げるとすれば、イタリアンジャズの主要な登場人物がDJだったとすれば、フィンランドはジャズミュージシャンが主役だということだろうか。ミュージシャンがDJ向けのトラックを作ったという意味で、若干の差異があった。イタリアンジャズはクラーク=ボラーン・ビッグバンドやサヒブ・シハブといったヨーロッパのジャズの雰囲気を取り入れることにこだわったのに対し、フィンランドジャズでは50~70年代のアメリカのジャズへの憧憬が強く出ていた。それゆえに音楽的には黒人音楽的な雰囲気も強めで、割とソウルフルだったのは意外に大きな違いかもしれない。ファイブ・コーナーズ・クインテットの2作目『Hot Cornor』がかなりブラックミュージック色が強かったのはプロデューサーではなく、ミュージシャンたちの嗜好が反映されたからなのかもしれない。

これらのサウンドはニコラ・コンテ『Other Directions』同様に、クープやジャザノヴァらとも共鳴し、ヨーロッパや日本のクラブジャズシーンでも高い評価を得ていった。彼らがやっていたのは1950~60年代のジャズをトレースしつつダンストラックとしての機能を加え、それで踊ること。2000年代のクラブシーンが目指したのはモダンジャズ黄金期とも言われる時代にあった華やかな雰囲気とその音楽を再現することだったのかもしれない。

(左から)Jukka Eskola『JUkka Eskola』、Timo Lassy『The Soul & Jazz Of timo Lassy』、Five Cornors Quintet『Chasin’ The Jazz Gone By』

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