Jan 29, 2020 regular
#42

舞台芸術の理想型――音楽・美術・演劇・映像・身体表現が融合 したオペラ

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伊達 なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。"The Japan Times"に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

世界の最前線で、社会とコミットする作品を創ろうと勇気あるチャレンジを続ける創り手たちの話には、いつもワクワクさせられます。つねに一歩先を見つめるクリエイターたちをこれからも追いかけてゆきたい。そんな想いを込めた連載最終回です。

先日、「舞台芸術における国際共同制作の最前線」という国際シンポジウムを聴きに行き、急遽ピンチヒッターで登壇したパネリスト、ベルギーのフランダース・オペラ・バレエのオペラ部門芸術監督ヤン・ヴァンデンハウア氏の話に、とても感銘を受けた。

フランダース・オペラ・バレエといえば、2019年にインターナショナル・オペラ・アワードで「最優秀オペラハウス」賞を受賞した、いわゆる攻めてるタイプのオペラハウス。バレエ部門の芸術監督が、日本でも『TeZukA』や『PLUTO』を創作している超人気振付家・ダンサーのシディ・ラルビ・シェルカウイである点でも、注目度が高い。ヴァンデンハウア氏は、2019年9月に就任したばかりだが、堂々と次のようなことを語っていた。以下、メモした概要。

フランダース・オペラ・バレエの本拠地のひとつ、ゲント歌劇場。

オペラはかつて、社会の重要な問題をテーマにすることを、その使命としていた。将来はこうなるべきという理想や、今とは違う世界もあり得るという可能性を示す役割があったのだ。現代においても、オペラがそう認識される芸術であるためには、あらゆるほかの芸術形態と、関わり合いを持ち続けることが重要。オペラは通常それらと区別されることが多く、自分たちだけは、中世の街並みを舞台に再現して平気でいたりする。 
この大きなギャップを埋めるために、自分は映画、ダンス、バレエなどの芸術家に、積極的に参加してもらうようにしている。もちろんオペラは演劇の要素を含むものなので、演劇の演出家と共働することは、言うまでもない。オペラの経験が無いアーティストにも参加を呼びかけ、新鮮に、時には摩擦をもたらしてもらいながら、閉鎖性を打破することに努めている――。  

社会に積極的にコミットしてゆく姿勢を前面に打ち出す、期待に違わぬアグレッシブな言説だった。オペラに限らず、演劇やバレエなど、古典作品を持つジャンルには、「中世の街並みを再現して平気でいる」傾向は多分にあるし、それを好む創り手や演者や観客も確実に存在する、というより、むしろその方が多数派かもしれない。ヴァンデンハウア氏が言及しているのは、あくまでヨーロッパのオペラ最前線についてであることは、心得ておかねばとは思う。

ただ、オペラも演劇だと明言してもらえると、演劇プロパーとしては心強く、うれしさ倍増。何よりオペラは総合芸術なのであり、その特質と強みを活かして、あらゆる芸術表現を柔軟かつボーダーレスに取り込んだ演出に出会うと、感動の度合いがもっとも大きくなる、というのがマイ経験則だ。近々観られるものでは、映画館で観るオペラ、METライブビューイングの『ヴォツェック』が、まさにツボ。

メトロポリタン歌劇場(MET)で今年1月11日に上演されたばかりのこの『ヴォツェック』は、美術家で、自身のドローイングを活かした装置でオペラも数多く手がける、ウィリアム・ケントリッジの新演出版。

舞台上の人間と装置とドローイングとアニメーション映像が渾然一体となったケントリッジ演出の『ヴォツェック』(c)Ken Howard/Metropolitan Opera

困窮する生活に、パワハラと妻(エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー)の裏切りが重なり、精神を病んでゆく兵士ヴォツェック(ペーター・マッテイ)。ゲオルグ・ビュヒナーの未完戯曲『ヴォイツェック』を元にしたアルバン・ベルク(1885-1935)作曲のオペラは、ひたすらダークで沈鬱で、救いようのない悲痛さに満ちた、虐げられた者のドラマだ。1925年の初演時に盛んだったドイツ表現主義の影響を色濃く反映し、リアリズムの約束事を超えた、衝撃度の強い表現方法も大きな魅力になっている。

ケントリッジ特有のモノクロで大胆なタッチのドローイングの映像が、廃墟のような舞台装置にみごとに重なって、ヴォツェックの貧しい生活環境と、辛く極端な心象を雄弁に物語る。舞台上の登場人物たちの人形のような所作と、アニメーションの動きが絶妙にかみ合っていて、舞台全体が、まるで飛び出す絵本のようでもある。

音楽と、美術と、ドラマと、映像と、身体表現が、ぜんぶひとつの作品の中で融合し、響き合って、今を生きる人間の胸にリアルに迫ってくる。舞台芸術のひとつの理想型が、ここにある。こういう舞台を、これからも発見し続けてゆきたい。

公演情報
METライブビューイング ベルク作曲『ヴォツェック』新演出

上映期間:2020年2月28日(金)~3月5日(木)
上映場所:東劇、新宿ピカデリーほか全国公開
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
演出:ウィリアム・ケントリッジ
出演:ペーター・マッテイ、エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー、クリストフ
ァー・ヴェントリス 、ゲルハルド・ジーゲル、クリスチャン・ヴァン・ホー
ンほか
上映時間:1時間57分(休憩なし)
MET上演日:2020年1月11日
言語:ドイツ語
公式サイト:https://www.shochiku.co.jp/met/program/2087/

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