Jan 15, 2020 regular
#40

上海の『追夢女郎(ドリームガールズ)』――中国最新ミュージカル事情――

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伊達 なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。"The Japan Times"に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

ちょっと目を離しているとすぐに街の風景が変わる点は、東京も上海も似ているかも知れません。でも初めての来日ミュージカルを’60年代に経験し、’80年代にミュージカル・ブームが起き定着した日本と、今世紀に西洋発のミュージカル文化がスタートした中国とでは、事情はかなり異なるようです。

中国への旅は個人的にも好きなのだけど、舞台公演の取材で行く機会が出てきたのは、2000年代初頭からだったと思う。始めのころは、ヤン・リーピンや上海歌舞団など、中国が本拠のアーティストに会いに行くことが多かったが、次第にそれらに加えて、欧米やオーストラリアなどのカンパニーの中国ツアーを観に行く、というケースも増えてきた。

上海で、そうした(中国にとって)外国の高名なパフォーミングアーツを上演する際の受け皿といえば、1998年にオープンした上海大劇院と相場が決まっていた。人民広場に建つ、弓形に反った屋根が印象的な白亜の殿堂に、大(1631席)、中(526席)小(220席)のホールがあり、クラシック系の演奏会、オペラ、バレエ、ダンス、ミュージカルなどを主なラインナップとする。

今回、上海を訪ねたのは約8年ぶり。北米キャストによるブロードウェイ・ミュージカル『ドリームガールズ』の取材なので、久しぶりに上海大劇院に行くことになるなと思っていたら、すでに同劇場の系列で新たなミュージカル専用劇場――上海文化広場が誕生していた。

上海大劇院から3㎞ほど南下すると、旧フランス租界の瀟洒な街並みを切り拓くように、総敷地面積6.5万㎡という文字通りの広場が現れ、「白いクジラ」と形容される、白く奥行きの長い半地下の劇場が建っていた。

2011年にオープンした上海文化広場。正面はクジラの大きな口部分。横から見るとほんとに巨大で長さのあるクジラのようなフォルムの建造物。

上海文化広場は、2011年にオープン。1949席の大劇場で、それまで上海大劇院で上演されていた招聘ミュージカルおよび演劇は、すべてこちらで上演されるほか、翻訳ミュージカルの自主制作も行っている。こけら落とし公演の『ノートルダムの鐘』以降、2015年までは招聘ミュージカルは年1本。2016年は2本、2017年以降は3本/年と順調に増加している。中国で初めて欧米のミュージカルが上演されたのは、2002年の『レ・ミゼラブル』であることを考えると、まだ新しい舞台芸術ジャンルであり、上海文化広場は、中国におけるミュージカル文化の発信基地的存在となっている。

『ドリームガールズ』を2日続けて観たが、いずれも若い観客が圧倒的に多く、女性の比率が高い。劇場側の2017年度の観客統計を見ても、年齢層は25~35歳が54%、25歳未満が21%。ジェンダー比は女性72%、男性28%となっていたので、これが平均的な観客層とみてよさそうだ。

ビヨンセ主演の映画版の楽曲も取り入れて完全版となったヴァージョン。女性の自立ドラマであり、モータウンサウンドのコンサートでもあり、ファッションショーでもあるゴージャスな舞台。(C)Levi Walker

’60~’70年代に一世を風靡したモータウン・サウンドの光芒を背景に、3人のガールズ・グループの成功と挫折、不和と和解までを描く青春グラフィティであり、当時のモードの流れが堪能できるファッション・ショーでもあるクールなショー構成。観客の反応は実に素直で、よく笑い、歓声をあげていて、アメリカ国内で観ているような錯覚に陥るほど。観劇マナーも、電話に出たり唾を吐いたりといった光景を見かけた昔とは、比べものにならないほどよくなっている。

チケット代は公演の内容により異なるが、『ドリームガールズ』の場合は、1000元(約15,000円)~80元(約1200円)の6券種。この若い観客層と中国の経済成長ぶりを考えると、中国のミュージカル市場の未来は、かなり期待できるのでは。作品のラインナップを決定する上海文化広場の副館長で、ミュージカルのエキスパートでもあるリチャード・フェイ(費元洪)さんに尋ねてみた。

「ミュージカル上演だけで、この大劇場を運営できるのか。開場当時は周囲はもちろん、私たち自身も懐疑的でした。幸い、若い人たちの情報享受のスピード感に助けられて、ブロードウェイやウエストエンド物だけでなく、多言語の作品を上演できるようになりました。

上海文化広場のリチャード・フェイさん。前任の上海大劇院では、全招聘ミュージカルの字幕も担当。かなりのミュージカル通だ。

ただ、今後発展できるかどうかは、まだわかりません。経済が好調といっても、お金の流れは不動産に偏っていて芸術文化には回ってきませんし、日本のように、インターネットが普及する以前にミュージカル文化が根付いた国と違って、私たちはインフラづくりの段階で、何でも手軽にゲットできるインターネットと競合しなければならないんです。実際、この2年間でライブ・エンターテインメントのマーケットは変化しています。なのに、劇場の数は増えているので、横ばいの観客を奪い合って、共倒れになってしまうかもしれない。そうならないために、どれだけ新たな観客層を掘り起こせるか、いま懸命に取り組んでいるところです」

インターネットは宣伝に有効に使える一方、ソフトとしてライバルともなる、両刃の剣というわけだ。劇場正面玄関には全面ゴールドの大きなキラキラ・ボート、劇場ロビーには記念撮影用のバナーの次元を越えたプチ・ステージを設置するなど、ネットを味方につけるための努力が、ひしひしと伝わってきた。

ロビーの特設舞台は、開演前や休憩中は自由な撮影スポット。終演後はグッズ購入者がキャストと記念撮影できるスタジオとなる。

今週上海公演を終えたこのカンパニーが、次は東京にやって来る。2009年初演のリバイバル版にして完全版といえる『ドリームガールズ』は、日本ではなんと4回目の上演となる。ミュージカル専用劇場という点では上海文化広場と同じシアターオーブで、両国のミュージカル文化の背景の違いについて、じっくり考えてみようと思う。

公演情報
ブロードウェイ・ミュージカル「ドリームガールズ」

日時:2020年1月29日(水)~2月16日(日)
会場:東急シアターオーブ
脚本/作詞:トム・アイエン
音楽:ヘンリー・クリーガー
構想/オリジナル・ディレクター/振付:マイケル・ベネット
補筆:ウィリー・レアーレ
演出/振付:ロバート・ロングボトム
セットデザイン:ロビン・ワーグナー
衣裳デザイン:ウィリアム・アイヴィー・ロング
照明デザイン:ケン・ビリングトン
メディアデザイン:ハワード・ワーナー
出演:カディージャ・オネほか
問い合わせ:Bunkamura  03-3477-3244(10:00~19:00)
公式サイト:https://dreamgirls2020.com/

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