Dec 25, 2019 regular
#38

2019年をふりかえる――年間回顧のようなもの――

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伊達 なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。"The Japan Times"に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

いろいろあった年ですが、個人的に感じることが多かったのは、ミュージカル・ブームの実情と、新作歌舞伎の方向性、海外作品の招聘と日本からの発信の行方……といったところ。最後に印象に残った10作品を付記しました。

●オリジナル・ミュージカルの曙
ミュージカル・ブームといわれて久しいけれど、人気を支えているのは、海外発の一部のヒット作と、2.5次元系。すぐれたオリジナル・ミュージカルがなかなか生まれないという、日本ミュージカル界の長年の懸案事項にも、やっと希望の光が見え始めた。

愛のレキシアター『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』は、日本史をテーマに、ファニー&ファンキーな独自の音楽世界を展開するレキシ(池田貴史)の楽曲による、ジュークボックス・ミュージカル(=作品用に書き下ろされた楽曲ではなく、既存の楽曲で構成されたミュージカルの総称。ABBAのヒット曲を使った『マンマ・ミーア!』が有名)。

愛のレキシアター『ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ』ギター演奏に土方歳三のコスプレまで披露した山本耕史(中央)を中心に、高田聖子(その左)、松岡茉優(同上)、藤井隆(同右)が、テーマパーク「レキシーランド」で歌い踊る。(C)渡部孝弘

原案・演出の河原雅彦による、引きこもり男(山本耕史)と歴女ブロガー(松岡茉優)の恋という設定もリアルだし、歌詞がわかりやすい楽曲の数々は、ある意味とてもミュージカル向き。ネット空間から地に足つけた現実社会で生きていこうと前向きになる2人が歌う『狩りから稲作へ』の「♪縄文土器 弥生土器 どっちが好き?」 の歌詞とメロディーが、呪文のように耳から離れなくなるというのも、いいミュージカルの必須条件。J-POPで演劇的な世界観をダンス化する梅棒の振付との相性も抜群で、まさに借り物でない、地に足のついた日本のオリジナル・ミュージカルが誕生していた。 
今年4演目となった松尾スズキ作・演出、伊藤ヨタロウ音楽の『キレイ』のように再演を重ねて、日本のミュージカルのレキシに名を連ねてほしい。

●まんがと歌舞伎の蜜月
みなもと太郎の人気歴史まんが『風雲児たち』を三谷幸喜が舞台化(作・演出)した『月光露針路日本 風雲児たち』、大ヒットした「ワンピース歌舞伎」(尾田栄一郎の『ONE PIECE』の歌舞伎化)のノリで、20世紀末に誕生したスーパー歌舞伎をアップデイトさせた市川猿之助のスーパー歌舞伎Ⅱ『新版 オグリ』、そして、宮崎駿の全7巻におよぶ原作を、昼夜計8時間かけて描ききった『風の谷のナウシカ』。非日常的でスケールが大きく、奇想天外な内容を表現することに秀でた歌舞伎と、まんがとの相性のよさが、一層印象づけられた年だった。 特に『風の谷のナウシカ』は、原作ファンの関心が高く、チケットは早々に完売。この企画の発案者でもあるナウシカ役の尾上菊之助が上演中に負傷し、演出に一部変更が生じるアクシデントもあったが、確実に新たな観客層を開拓し、次なる展開に期待が持てる結果をもたらした。

●世界との距離
ヨーロッパがシーズンオフになる夏は、例年、有力なダンサーやカンパニーの来日公演ラッシュ。今年は特に、13年ぶりの来日となったコンテンポラリー・ダンス界の雄ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)、同じく21年ぶりに独創的なドラマティック・バレエを見せたロシアのエイフマン・バレエ、ジャンルを超越したパフォーマンスでヨーロッパで話題騒然のディミトリス・パパイオアヌーなど、近年、国内の経済状況悪化の煽りで停滞気味だったコンテンポラリー勢の刺激的な来日公演が続き、にわかに活気が甦ったのが印象的だった。

ディミトリス・パパイオアヌー『THE GREAT TAMER』はダンスとアートの垣根を越える自在な表現で観客の脳を刺激した。(C)Julian Mommert

秋には、東京オリンピック・パラリンピック開催を目前に控えていることもあり、東京発の国際舞台芸術祭である東京芸術祭が、やっと存在感を発揮し始めたのがうれしかった。招聘作品がいずれも高いクオリティだっただけでなく、次代を担うアーティストの作品を発掘するべく、アジア、アメリカ、ヨーロッパ、オセアニアから推薦された6作品が上演され、その審査過程も公開されるという「ワールドコンペティション」がキックオフ。2種類の審査会のうち、アーティスト審査会を見学に行ってみた。

審査委員長で進行をつとめたジュリエット・ビノシュは「議論のためには各審査員の価値基準を認識しておくことが必要」と言い、「芸術のニーズとは何か」「芸術の価値をどこに見出すか。単語3つで答えよ」といった概念的な問いを、6名の審査員に問い続けた。約3時間後、「ではアーティストを守るために、後は別室で議論します」と、唐突に公開審査を終わらせたのには、さすがに面食らったけども、物事の始まりに付きものの混沌を共有したのだな、と思うことにした。 最優秀作品に決まった中国の戴陳連 (ダイ・チェンリエン)の『紫気東来─ビッグ・ナッシング』は、来年の東京芸術祭で再び上演されることが決まっている。

課題はいろいろあるけれど、世界にはさまざまな表現があることを呈示し、決してひとつの物差しでは測れないことを知らしめるとともに、自分と他者の物差しを示し合い、共有する術を培おうと呼びかけるこの芸術祭の姿勢には、強く共鳴するところ。オリンピック・パラリンピックが終わってもこれが継続されるよう、しっかり見守り、育ててゆきたい。

●今年の10作品
あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」展示中止と補助金不交付問題は、まったく対岸の火事ではない。むしろその場で消える舞台芸術は、気づかれればいつ火の海になってもおかしくない、自由な表現の最後の牙城と言える。来年も、なんでもありな素敵な舞台が観られることを願って、今年国内外で観た約300作品の中から、ジャンル無視で印象に残った10作品を鑑賞日順にあげてみる。

★3月8日 『OCHIBA』
振付:パトリック・ド・バナ 出演:マニュエル・ルグリ、オルガ・スミルノワ
発光体のような神々しさのスミルノワと円熟のルグリのデュエット、世界初演。

3月30日 財団、江本純子vol.15『ドレス』
作・演出:江本純子、出演:内田慈 笹野鈴々音 遠藤留奈 江本純子
セクハラ、パワハラかわしつつ、えげつなく業界を生き抜くたくましい女優たちのリアリティ。

★4月17日 『モスルのオレステス Orestes in Mosul』
作・演出:ミロ・ラウ、出演:NTGent
ヨーロッパの、ひいては世界の「いま」を体感する覚悟と好奇心と知性と使命感。

5月25日 オフシアター歌舞伎『女殺油地獄』
脚本・演出:赤堀雅秋、出演:中村獅童、中村壱太郎、荒川良々ほか
ごまかしのきかないリングのような舞台で、近松と義太夫節に挑んだ人々。

★7月13日 ブロードウェイ・ミュージカル『王様と私』
演出:バートレット・シャー、出演:渡辺謙、ケリー・オハラ、ルーシー・アン・マイルズほか
ブロードウェイの主要オリジナル・キャストが東京で顔を揃えた奇跡。

★7月17日 『骨と十字架』
作:野木萌葱、演出:小川絵梨子、出演:神農直隆 小林 隆 伊達 暁 佐藤祐基 近藤芳正
ケレン味皆無の緻密な戯曲と地味め実力派キャストに萌えるファン続出、という慶賀なる椿事。

★8月10日ほか 『福島三部作』
作・演出:谷賢一、出演:内田倭人、岸田研二、井上裕朗ほか
福島原発事故はなぜ起きたのかを、記録と記憶に遺す歴史的偉業。

8月31日 第27班『潜狂』
作・演出:深谷晃成、出演:鈴木 研、樹 七菜、鈴木あかりほか

次代の才能を発掘し紹介する三鷹芸術文化センターによるMITAKA “Next” Selection 20th に登場した劇団、第27班の『潜狂』。打たれ弱い今どきの若者たちが、最後に本格的なジャズセッションで心の叫びを爆発させる姿に度肝を抜かれた。撮影:太郎

★10月18日 レッドトーチ・シアター『三人姉妹』
演出:ティモフェイ・クリャービン、出演:レッド・トーチシアター
おそらく生涯最高の『三人姉妹』、かつ生涯最高のチェーホフの予感。

11月21日 KUNIO15『グリークス』
演出・美術:杉原邦生、出演:天宮良、安藤玉恵、本多麻紀ほか
会いに行ける(女)神たち

★はコラムで取り上げた作品。

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