Oct 09, 2019 regular
#27

なぜ手話で『三人姉妹』なのか--ヨーロッパが注目する若き鬼才ティモフェイ・クリャービンインタビュー

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伊達 なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。"The Japan Times"に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

ロシアのシベリア、ノヴォシビルスクから、ヨーロッパ中を沸かせた<手話の『三人姉妹』>がやって来ます。演出を手がけるのは、大胆な発想で観客の度肝を抜く若き鬼才、ティモフェイ・クリャービン(35歳)。演劇とオペラ、双方の演出で引っ張りだこの彼に、スカイプ・インタビューで聞いてみました。「なぜ、手話の『三人姉妹』なのですか?」

「実は以前から、街なかでろう者の人たちが手話で会話するのを目にすると、興味深くて、ずっと眺めていたんです。そのうち、彼らの仕草を使った作品を創ってみたくなり、そのための戯曲を新たに用意することを考えていたんですが、ある時ふと、新作より、チェーホフのようによく知られている作品を選んだほうが効果的かもしれない、と思うようになったんです。なかでも『三人姉妹』は、たとえば(姉妹たちが帰りたがっているモスクワからやって来たばかりの)ヴェルシーニン中佐にとって、舞台になっている地方都市は異質な場所で、環境や人々に馴じめずにいる。彼は周囲に敵意すら感じながら、そのコミュニティーに暮らしているのです。こうした疎外感を抱えた人間が出てくる『三人姉妹』が、ろう者として演じるのに、もっともふさわしいと考えたんです」

約2年にわたって手話を身につけ、ろう者を演じる俳優たち。左からマーシャ(ダリア・イェメリャノワ)、イリーナ(リンダ・アフメジャノワ)、オーリガ(イリーナ・クリヴォノス)の三人姉妹。(c)Frol Podlesny

なんといっても目を奪われるのは、手だけでなく全身でものを言う、雄弁なろう者たちの姿だ。俳優たちはトータルで約2年かけて手話を身につけ、ろう者について学んだそう。

「最初から確信があったわけではなく、あくまでも、ひとつの実験として、手話を始めたんです。上演を前提にするつもりも特になかったんですが、ろう者を演じる俳優たちを見ていて、聞こえるはずなのに聞こえていないことや、見ているのに見えていない時があることに気づきましたし、ろう者は、健聴者とは別の次元で、見たり聞いたりしている、ということも学びました。彼らは単に聞こえないのではなく、”聞こえないこと”を”聞いている”んですよね。また、稽古中はつねに字幕を目にしながら俳優たちのやりとりを見ていたので、せりふを文字で読み続けることになって、必然的に深い読み込みができた気もしています」

実際にその舞台に接して伝わってくるのは、「手話による演劇を見ている」ということよりも、「ろう者の世界を目の当たりにしている」という実感だ。

ノヴォシビルスクの名門劇場レッドトーチ・シアターの若き芸術監督でもあるティモフェイ・クリャービンは、1984年10月10日生まれ。

開幕早々、舞台にはテレビ、ヘアドライヤー、外の風音、ドアの開閉、椅子を引く、皿を重ねるなどの生活音が溢れていて、静寂さとは無縁のにぎやかさ。そしてそれに慣れてきたころに、チェーホフの原作には無い、鬼才クリャービンならではの仕掛けが発動する。

「ひとつずつ説明させて頂くとですね、第1幕は、観客のみなさんに、手話で展開するこの舞台に慣れていただくための時間です。おそらく慣れるだけで、1幕は終わってしまうでしょう。第2幕になって、やっと物語の進展に意識が向かうようになります。第3幕に至ると、いよいよ、こちらが観客を引き込んでいかなければならない時間帯なので、敢えて、大胆なシーンを設けました。ここでみなさんを惹きつけることができれば、第4幕は、特に意図しなくとも、自然に流れてゆくのです。第1幕に特に音が溢れているのは、このスタイルに慣れてもらうためですね。それに、今回のように言語を音声化しない作品では、別の音によって、芝居のリズムを刻んでいく必要があるんです。たとえば、不安、安定、いらだちなど、基調となる流れを醸成するため、さまざまな生活音の配置を行って、そのリズムをつくっていきました。リズムに慣れると、自然とその状況に身を委ねることができるようになりますよ」

カットされたせりふもあるのに、上演時間が4時間を越えるのは、なるほど、この作品独自のスタイルとリズムに、観客の頭と身体を馴らしてゆくために必要な時間だったということか。

ロシアの手話であることや、上演時間が長いことなど、いろいろ不安になる観客のために意を尽くし、それでいて、驚嘆させることも忘れないクリャービン。今回は日本語と英語の両字幕がつくので、日本語話者にとっては、外国語の芝居を観るのと何ら変わらない(もちろんロシア語手話は独立した一言語だ)。この作品の演技で、ロシア舞台芸術界最高の栄誉であるゴールデンマスク賞を受賞した俳優たちの素晴らしさも半端ないので、ぜひ、クリャービンの世界に身を委ねてみてほしい。

公演情報
東京芸術祭2019 芸劇オータムセレクション
レッドトーチ・シアター『三人姉妹』 ロシア手話上演、日本語・英語字幕付

日程:2019年10月18日 (金) ~10月20日 (日)
会場:東京芸術劇場 プレイハウス
作:アントン・チェーホフ
演出:ティモフェイ・クリャービン
出演:イリーナ・クリヴォノス、ダリア・イェメリャノワ、リンダ・アフメジャノワほか
問い合わせ:東京芸術劇場ボックスオフィス 0570-010-296(休館日を除く10:00~19:00)
公式サイト https://www.geigeki.jp/performance/theater221/

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