Aug 07, 2019 regular
#18

#ほねじゅう萌えという現象

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伊達 なつめ

Natsume Date 演劇ジャーナリスト。演劇、ダンス、ミュージカル、古典芸能など、国内外のあらゆるパフォーミングアーツを取材し、『InRed』『CREA』などの一般誌や、『TJAPAN』などのwebメディアに寄稿。東京芸術劇場企画運営委員、文化庁芸術祭審査委員(2017、2018)など歴任。"The Japan Times"に英訳掲載された寄稿記事の日本語オリジナル原稿はこちら

実力派舞台俳優によって演じられる、信仰と科学の間で揺れる司祭たちを描いた新作『骨と十字架』。けれん味皆無の緊迫した渋いせりふ劇なのに、かわいげな「ほねじゅう」の愛称とともにハマる観客が続出した現象について。

#ほねじゅう
7月に入ってから、このお好み焼きみたいな響きのワードのハッシュタグを、ツイッター上でよく見かけるようになった。これは、新国立劇場で7月11日から28日まで上演された『骨と十字架』(作/野木萌葱、演出/小川絵梨子。7月31日に神戸公演も行われた)という演劇作品のこと。関係者の間で使われていた略称を、劇場がSNSでの広報活動に取り入れたもので、“骨と十字架”という、いかにも重厚で難解そうなタイトルで敬遠されないよう、やわらかいイメージで作品理解を促すために用い始めたという。

カトリックの司祭であると同時に古生物学者でもあり、北京原人の発見に携わったテイヤール・ド・シャルダン。実在したフランス人イエズス会神父を主人公とするこの新作は、アダムとイヴを人間の起源とする『旧約聖書』を信奉すべき司祭が、それを否定する進化論の研究者でもあることを問題視された事実を素材に、5人の異なる立場の司祭の意見と生き方を交錯させた会話劇だ。

苦悩しながらも、教義と進化論の併存の可能性に突き進む物静かなテイヤール(神農直隆)、その監督責任者として対処に苦慮するイエズス会総長レドゥホフスキ(小林隆)、宗教裁判を司る検邪聖省で、テイヤールに異端の審問を行う一見冷徹なラグランジュ(近藤芳正)、テイヤールと同じ司祭かつ研究者でありながら、神と科学の統合はあり得ないと、嫉妬を秘めつつクールな立場を貫くリサン(伊達暁)、そんな先輩たちの衝突を、ハラハラしながら見守るけなげなテイヤールの弟子リュバック(佐藤祐基)。

『骨と十字架』新国立劇場公演より。異端の嫌疑をかけられようと、神と科学をともに信ずるという道を突き進むテイヤール(神農直隆/左)と、その両立はあり得ないと割り切るリサン(伊達暁/右)撮影:宮川舞子

信仰と科学についての根源的な問いがベースにあるので、最初はとっつきにくく感じるけれど、5人がそれぞれ、神に仕える身としての節度をわきまえつつ、具体的で切実な感情を吐露する姿に親近感と説得力があり、ヴィヴィッドな会話のバトルに、グイグイ引きこまれる。登場人物を含めた歴史的事実はほぼそのままに、自由に想像を働かせて、創造上の真実を鮮やかに浮かび上がらせる。優れた野木萌葱の才能を、世界に知らしめたくなる快作だ。

とはいえ、出演者は主に実力派の舞台俳優。緊迫感が勝負の野木作品には最適のキャスティングながら、スターやアイドルで観客を呼ぶ商業演劇とは、真逆の地味さが際立つ点は否めない。ほんわかした「#ほねじゅう」に反応する観客層が、そんなに存在するものなのだろうか、という疑念があった。

が、そう思うそばから、劇場発信ではない「#ほねじゅう」ツイートは次第に増え、タイムラインは熱を帯びていった。目立つのは、カトリックの教義やせりふ分析などの突っ込んだ内容とともに、俳優個人ではなくテイヤールやリサンなど各登場人物と互いの関係についての考察や、ロングスカートのようなカソック(祭服)姿などに「萌え」ているツイート。つまり、制服男子によるボーイズ・ラブの世界だ。

『骨と十字架』新国立劇場公演より。左からリュバック(佐藤祐基)、ラグランジュ(近藤芳正)、テイヤール(神農直隆)、総長(小林隆)。この司祭たちの醸し出す互いとの距離感とカソック姿に萌えるヲタ続出。撮影:宮川舞子

開幕から一週間ほどしたころから、目に見えて客足も伸び始めたという。どの公演でも、開幕後のSNSや口コミで評判がいいと当日券がよく売れ始めるものだけど、『骨と十字架』の場合は、リピーターも多く、通常比3倍くらいの勢いがあったと、劇場サイドは振り返る。

まさかまさかのBL萌え@新国立劇場。ジャニーズ、2.5次元、その他あらゆるアイドル系要素ほぼゼロのガチな演劇人キャストで、こんな現象が起きるなんて、誰が想像しただろう。しかも、演劇として非常にクオリティの高い作品で人気に火が点いたというのが、ちょっと、いや、かなりいい話だ。今年の日本演劇界の話題トップ10候補に、しっかり挙げておこうと思う。

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