Jan 13, 2020 regular
#37

まだラジオは音楽の媒介者であり続けられるのか?

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林田 直樹

音楽ジャーナリスト・評論家。1963年埼玉県生まれ。オペラ、バレエ、古楽、現代音楽など、クラシックを軸に幅広い分野で著述。著書「ルネ・マルタン プロデュースの極意」(アルテスパブリッシング)他。インターネットラジオ「OTTAVA」「カフェフィガロ」に出演。月刊「サライ」(小学館)他に連載。「WebマガジンONTOMO」(音楽之友社)エディトリアル・アドバイザー。

かつて、ラジオと音楽の組み合わせは最強だった。インターネットのなかった時代、レコードが高価だった時代、人々が無料で新しい音楽に出会える手軽な場所は、ラジオだけしかなかった。ラジオこそがヒット曲を生み出す装置だったし、番組パーソナリティの一言、ディレクターの選曲は、ジャンルを問わず、音楽の流行の発信源だった。では、今はどうだろう?

最近、ある大手レコード会社のベテラン宣伝担当者から、こんな話を聞いた。
「昔、新人だった頃には、ラジオ局回りをよくしたものですよ。両手がちぎれそうなくらいに重い袋にサンプル盤をたくさん入れてね。売れるためには人気のラジオ番組で新曲をかけてもらうことは必須でしたから。でも、今ではうちの社の人間は、誰もラジオ局になんか行きませんよ。時代は変わったものです」

インディーズ系の音楽事務所の宣伝担当者は、もっと辛辣にこう言っていた。
「そもそも、新しい音楽の動きに関心のあるディレクターが、どんどんいなくなっています。ラジオ局自体が、音楽に関心がなくなっているのではないですか」

地方のFM局で番組を持つDJは、最近のディレクターの選曲の傾向についてこう教えてくれた。
「少なくとも3曲に1曲は、みんながよく知っている曲をかけなければいけないというのが鉄則なんです。そうでなければリスナーに逃げられてしまう」

なぜこのような状況になってしまったのだろう。
「未知」の新しい音楽ではなく、耳馴染みのある「既知」の楽曲ばかりを、人々はラジオに求めているというのだろうか?

必ずしもそんなことはない、と思う。
偶然ラジオから素敵な未知の楽曲が流れてきたら、それはそれで、きっとインパクトはあるはずだ。

だがそれ以上に、いまラジオに求められている役割のひとつに、「話しかけ」と「安心」があると思う。

少子高齢化が進むにつれて、一人暮らしの人はこれからどんどん増えてくるだろう。
そうなってくると、「孤独」という問題が遠からず立ちはだかってくる。
コミュニティから断絶され、取り残されてしまう人が、あちこちに散在するようになる。
そんなとき、不安を癒すための、人とのつながりを感じ続けるための、精神的なインフラとして、ラジオが役に立つのではないだろうか。

ずいぶん前になるが、ある地方都市で、人質をとって立てこもった犯人が、親の説得にも応じず、唯一の交渉役として指名したのが、日頃リスナーとして愛聴している地元ローカル局のラジオ番組のパーソナリティだったという話を聞いたことがある。
きっと、よほど素敵な番組だったのだろうが、そういう個人的な信頼を得ることができるのが、ラジオの強さでもあり、怖さでもある。

いまでも忘れられないのが、2011年3月の東日本大震災のときに、私がレギュラー番組を持っているクラシック音楽専門インターネットラジオ「OTTAVA」(オッターヴァ)のリスナーがかえって増えたことである。
相次ぐ深刻な被害の情報にすっかり疲弊してしまった人々が、静かにクラシック音楽をかけ続けるラジオに、あたかも逃げるように流れ込んできたように、あのときは感じられた。
入院中の病室で聴いているリスナー、介護を受けている方やそのヘルパーさんたちのリスナーが多いということも、そのときに知った。
フラジャイル的に、つまりあちこちに散らばっているかけらのように、忘れられがちな、少数の、遠くの、孤立しがちな人々に音楽(あるいは安心)を届ける手段ということを考えると、やはりラジオの使命はなくならないと、そのときに確信した。

重要なのは、そこに肉声があるということである。
今後10年、20年と時代が進んでいくにつれて、車内放送や交差点で聞こえるような機械的な自動音声(あるいはAIの発する声)が私たちの周囲をもっと多くとり囲んでいくに違いない。
そうなると、決して整ってなんかいなくとも、生きた人間の呼吸、体温の感じられる肉声が、リスナーであるあなたに話しかけるということが、ますますかけがえのないものになっていくのではないか。
そうした強みを生かすならば、ラジオには音楽の媒介者としての可能性も、まだあると思っている。

※参考リンク
クラシック音楽専門インターネットラジオ局「OTTAVA」(オッターヴァ)
https://ottava.jp/
2007年4月の開局以来、筆者が担当する生番組は、現在は毎週金曜日の18時から21時(第1部=無料)、21時から22時(第2部=有料)。時代も地域も超えた多様な楽曲を楽章単位でオンエア。昨年からはウィーン国立歌劇場のライヴ映像の有料配信もおこなっている。

筆者がレギュラー番組を受け持つOTTAVA(オッターヴァ)の天王洲アイルTMMTスタジオ

カルチャー&エンターテイメント放送局「ブルーレディオ・ドットコム」
http://www.blue-radio.com/index.html
2005年5月から筆者が担当するネットラジオ番組「カフェフィガロ」(約30分)は、毎週日曜日の18時更新。クラシック音楽界のさまざまなゲストを招くトーク番組。1週間はオンデマンド無料。

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