Nov 11, 2019 regular
#30

ティーレマン指揮ウィーン・フィル来日公演と、「音楽のある展覧会」

A A

林田 直樹

音楽ジャーナリスト・評論家。1963年埼玉県生まれ。オペラ、バレエ、古楽、現代音楽など、クラシックを軸に幅広い分野で著述。著書「ルネ・マルタン プロデュースの極意」(アルテスパブリッシング)他。インターネットラジオ「OTTAVA」「カフェフィガロ」に出演。月刊「サライ」(小学館)他に連載。「WebマガジンONTOMO」(音楽之友社)エディトリアル・アドバイザー。

オーケストラの個性を聴き比べることは、クラシック音楽の大きな喜びの一つである。それは優劣をつけることではなく、文化の違いを楽しむということでもある。今回は、最も人気の高い、そして偉大な伝統を誇るオーケストラの一つであるウィーン・フィルについて、来日公演のレビューや関連する展覧会の話題も含めて、お伝えする。

何たる違いだろうか。
同じサントリーホールで聴いた、前日のフィラデルフィア管弦楽団(11月4日)と、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(11月5日)。
豊麗なサウンド、ということではヤニック・ネゼ=セガン指揮の「マーラー:交響曲第5番」は、筋肉質でマッシヴな迫力、トランペットの輝きや弦の表情など、瞠目させられる瞬間がたくさんあった。終楽章の終結部でのトロンボーンの切れ味は、稲妻みたいにピカッと光るような感じで、初めて耳にするような凄みさえあった。往年のフィラデルフィア・サウンドは完全に復活した、と言いたくなるほどの見事さ、力強さだった。

それに対して、 クリスティアン・ティーレマン指揮のシュトラウス・ファミリー名曲集のプログラムは、楽曲の性格もあるが、全体に控えめで音量も大きくなく、中間色で、穏やかですらあった。スパイシーであることを避け、常に柔和で、間接的に語ろうとする。アンサンブルの縦の線をキチッと合わせることなどよりも、呼吸の感覚を優先する。生き生きとしてはいても、いたずらに強さを志向はしない。

写真提供:サントリーホール

ティーレマンは、ドイツ・オーストラ系音楽を得意としており、いわば保守系のレパートリーの人だ。フルトヴェングラーやベームやサヴァリッシュの系譜を継ぐ人と言ってもいいだろう。近年は、指揮ぶりを見ていても、拍節感をあまり強く示さず、おのずと自然に湧き上がるような音を求める傾向が、ますます強くなった。それがウィーン・フィルの“大きな室内楽”ともいうべき体質に合っているのだろう。
最初に演奏したモーツァルト「フィガロの結婚」序曲は、近年よく見られる、快速にきびきびと飛ばすメリハリのついた演奏とは全く違い、半世紀前の巨匠が演奏しているのではと思うような、おっとりしたところさえあったが、それが逆に新鮮ですらあった。ヨゼフ・シュトラウスの名作、ワルツ「天体の音楽」は、争いや憎しみのない、平和な世界を夢見るような響きそのものだった。

写真提供:サントリーホール

フィラデルフィアの場合は、今鳴っているサウンドで勝負しているし、それこそがすべてだ。だがウィーン・フィルの場合は、今鳴っているサウンドは、何かの表れだ。サウンドの向こうにある何かが、彼らを動かしている。その気配を感じることが、ウィーン・フィルを聴く喜びなのではないだろうか。

ウィーン・フィルの来日公演ではいつも、コンサートばかりでなく、アウトリーチやマスタークラスなど、さまざまな企画が並行しておこなわれる。今回は「音楽のある展覧会」という、ウィーン楽友協会アーカイヴから約200点もの貴重なオリジナル資料が展示される企画が開催されている(ホテルオークラ別館、11月17日まで)。

今回のテーマは、19世紀末のウィーン、そして日本とオーストリアの友好150周年を記念した、日本とのつながりだ。ウィーンという街の歴史のなかに、これほど日本とのふれあいの要素があり、文化的な影響関係が深いということが良く伝わってくる展覧会である。

しかし音楽ファンにとって何といっても興味深いのは、ブラームス、ワーグナー、ブルックナー、マーラー、リヒャルト・シュトラウスら大作曲家たちの人間性や音楽性を伝える遺品や絵画や楽譜や手紙類が見られることだろう。無論すべてオリジナルである。

ブラームス「クラリネット五重奏曲」の第2楽章の自筆譜は、室内楽ファンにとっては世界の至宝ともいえるものだろう。融通無碍なブラームスの筆跡で、あのメランコリックな響きが紡がれていった、その生々しい現場の雰囲気。

ブルックナー「交響曲第8番」第3楽章の自筆譜は、丹念そのものだが、修正がたくさん書きこまれている。削除部分を決して黒く塗りつぶさず、×印が透け透けで、修正前の音符がすべてわかるようになっているところが面白い。消してはみたものの、まだ迷っているのだろうか?

ある家のゲストブックと思われるノートには、一番上にグスタフ・マーラーのこじんまりとしたサインがあり、その下に誰よりも大きく太い筆跡で「アルマ」と大書してあるのが目についた。妻アルマの性格の強さが、筆跡ににじみ出ているようで、それも面白かった。

音楽都市ウィーンの魅力を知るにはまたとない機会である。コンサートのみならず、こうした文化交流の機会もぜひ見逃がしたくないものである。

会場には、クリムト「アデーレ・ブロッホ・バウアーの肖像」を描き込んだ、現代のベーゼンドルファー製ピアノ「ウーマン・イン・ゴールド」( 税別1800万円 )も設置された。筆者撮影

「音楽のある展覧会」公式サイト
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/wphweek2019/exhibision/

SHARE
このエントリーをはてなブックマークに追加

RANKING

  • 2日間
  • 週間
  • 月間
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10