Aug 19, 2019 regular
#20

“チェロのジミヘン”、ジョヴァンニ・ソッリマの来日公演が、想像以上にすごかった件

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林田 直樹

音楽ジャーナリスト・評論家。1963年埼玉県生まれ。オペラ、バレエ、古楽、現代音楽など、クラシックを軸に幅広い分野で著述。著書「ルネ・マルタン プロデュースの極意」(アルテスパブリッシング)他。インターネットラジオ「OTTAVA」「カフェフィガロ」に出演。月刊「サライ」(小学館)他に連載。「WebマガジンONTOMO」(音楽之友社)エディトリアル・アドバイザー。

規格外のボーダーレスな音楽をやるチェリスト、ジョヴァンニ・ソッリマ。その名前は、知る人ぞ知る存在として、噂には届いていた。1962年シチリア島パレルモ生まれ。リッカルド・ムーティやヨーヨー・マらが賞賛し、シンガーソング・ライターのパティ・スミスと共演し、ピーター・グリーナウェイ監督の映画『レンブラントの夜警』などの音楽も担当し、オペラもいくつか作曲。クラシックのみならず、ロック、ポップス、民族音楽など、あらゆるジャンルにまたがる自在な音楽世界をもつチェリスト・作曲家として、すでにヨーロッパでは名声を確立している。
そのソッリマが、この夏に来日しておこなったステージの様子を、インタヴューでの彼の発言もまじえてご紹介しよう。

ジョヴァンニ・ソッリマは1962年シチリア島パレルモの生まれ。音楽一家に育ち、シュトゥットガルト音楽大学とモーツァルテウム音楽大学で、チェロをアントニオ・ヤニグロに師事。ミニマル・ミュージックからロック、ジャズ、地中海やアフリカの民族音楽など多彩な要素を取り入れた活動をおこなっている 写真: 石田昌隆

それは、さながら、秩序ある人間たちの集団のなかに紛れ込んだ、一匹の美しい野獣であった。

ジョヴァンニ・ソッリマの最初のコンサートは、夏の音楽祭「フェスタサマーミューザKAWASAKI」の一環としておこなわれた、藤岡幸夫指揮東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団とのドヴォルザーク「チェロ協奏曲」だった(8月6日、ミューザ川崎シンフォニーホール)。

大枠としては、普通のクラシックの演奏会である。
指揮者がタクトを振り下ろし、正装のオーケストラが格調高く音楽を奏でる。
最初はソッリマもそれにおとなしく従い、当然のことながら楽譜通りに、もちろん見事に演奏していた。
だが、それだけではとどまらない、何かが、あった。
野性の血が騒ぎだすのが、客席から見ていてもよくわかった。

何より目を惹いたのは、オーケストラだけが演奏しているときの、ソッリマの入魂ともいうべき耳の傾け方である。
チェロが演奏しないときでも、オーケストラが力強く盛り上がるときには、完全に音楽と同化している。ときには身体を揺らし、手に持った弓を宙に突き出すようなしぐささえ見せながら、激しく気合を入れるのだ。
その様子が、あまりにもドヴォルザークへの愛に満ちているので、私はすっかり感心してしまった。
第3楽章ではいよいよ演奏に熱が入り、最後の一音を弾ききった瞬間などは、ロック・コンサートではないかと思うくらいに、勢い余ってガッツポーズのような弓の振り払い方だった。それはもう、笑ってしまいそうなくらいに!

やっぱりこの人はタダモノじゃない!と納得しているうちに、ソロのアンコール。
ソッリマの自作「ナチュラル・ソング・ブック No.4&6」という作品を演奏したのだが、これがすごかった。

いったいチェロからこんな音が出てくるのだろうか、と思うほどの妙音を、あの手この手で、次々と繰り出してくる。アグレッシヴで、ポップで親しみやすく、歌に満ちている。
楽器のあらゆる場所を、弦のあらゆる場所を、弓のあらゆる部分で、叩く、こする、はじく。
ジミ・ヘンドリックスのように歯で演奏まではしなかったが、そこまでやってもおかしくないくらいに過激であった(実際に弓を口でくわえることは何度もやった)。猛烈な速弾きは、むしろリッチー・ブラックモアに近いかもしれない。稲妻のような弓さばきは、ヴァイオリン界のロック・スターともいうべき存在、ナイジェル・ケネディを彷彿とさせた。

まさに、檻から解き放たれた野獣のように、ソッリマは自由自在にチェロで、広大な音楽の平原を、大海原を、駆けめぐっていた。

その次のライヴ、「100チェロ」コンサートでは、子供を含めた老若男女120人ほどのアマチュア・チェリスト(若干名のプロも参加)を日本国内で集め、3日間のリハーサルを経ておこなうというもの(8月12日すみだトリフォニーホール)。

「100チェロ」コンサートのオープニングでは客席通路から、チェロを持って弾きながらジョヴァンニ・ソッリマは登場  写真:石田昌隆 

2012年にローマのある劇場が予算削減のために閉鎖の危機に陥った際に、芸術の自由と自立を世界に発信するべくスタートし、発展してきたのが、このプロジェクトだという。
大編成のオーケストラがチェリストだけで舞台に乗るというだけでもインパクト満点だが、そこでは、ソッリマの奔放な音楽精神が、全体に行き渡るという驚きのパフォーマンスとなった。

ディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」と、ドヴォルザークの「新世界交響曲」が、ピンク・フロイドの「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」とブラームスの「ピアノ協奏曲第2番」第3楽章オール・チェロ版が、デヴィッド・ボウイの「世界を売った男」とパーセルの「冷たい歌」が、まったく同列に扱われる楽しさ。
ビートとエッジの効いた、そして濃厚な歌にあふれた音楽を、愛にあふれながら、まるでひとつの家族のように団結しながら、展開していく 。
寄せ集めのアマチュアたち(失礼!)が、3日間でここまで熱い音楽集団になっていくとは、いったいどんな魔法がかかったというのだろう。
最後は、オーケストラ全員が、1曲終わるごとに、チェロを頭上に高く掲げ、足を踏み鳴らし、弓をぶんぶん振り回す――完全なお祭り状態である。

約120人のチェリストを従え、3日間のリハーサルを経て、熱い「100チェロ」コンサートをおこなったジョヴァンニ・ソッリマ(左)と、その相棒エンリコ・メロッツィ(右) 写真: 石田昌隆 

今回、ソッリマに会って話を聞く機会があったので、その一部をご紹介しよう。

――ステージ上でのあなたは、美しい野獣のように自由に見えました。どうやってそういう風になれるのでしょう?

ソッリマ「(笑)ありがとう。物心ついたときから自然と、私と音楽との関係は特別になっていった。それだけです。さまざまな音楽を経験することで、音を学び、音を書き、探求し、成長してきた。私にとって、人生における音楽とは、手に触れることはできないが、確実にそこにある、信じられるものなのです。
仕事という面はありますよ。それで生計を立てているのだから。でもそれ以上の何かです。自分にとって音楽は、いつも大切に思う、まるで人物、あるいは生きている有機体のようなものですからね」

――音楽家になろうということは、早くから決めていた?迷いはなかったのですか。

ソッリマ「あまりにも自然すぎて、いつ職業にしようと思ったのかわからないくらい。家族も兄弟も、音楽の中に生まれたという感覚ですね。もちろん他にも興味はありました。演劇も舞踏も好きなんだけれど、特に建築はすごく好きで、ひとつのスペース、空間を作り上げるという意味では、音楽と同じだと思う」

――クラシックとそうでないジャンルとの間を自由に行き来しているのは、キャリアの始まりからですか?

ソッリマ「ボーダー、国境なんていうものは、子供の頃からないと思っていました。いわゆる壁というものは、全てが、人間にとっての敵だと思う。壁にはろくなものがない。ベルリンの壁しかり、トランプの壁しかり(笑)。ヴィヴァルディもモーツァルトも、その時代のロック・スター、ポップ・スターだったと思いませんか。バッハもストラヴィンスキーも現代音楽も好きだけれど、同時にフランク・ザッパもピンク・フロイドも好きだしね」

――ヴィヴァルディやモーツァルトが本質的にはロック・スターと同じだったというのは、100%同感ですね。フランク・ザッパとピンク・フロイドの名前を挙げてくださいましたが、私にとってはバッハやベートーヴェンと同様、血の中に流れている音楽ですよ。

ソッリマ「おお!ではハイタッチしようじゃないか!」(ふたりでハイタッチする)

――で、教えていただけませんか。あなたのように自由な野獣になれる方法を。

ソッリマ「この世界のなかで、自由を求めるというシンプルな人間の願望があればいいんだよ。もちろん音楽的な意味でのね。普通100人で即興ができるかというと、本当はできないはずなんだけれど、『100チェロ』のなかではそれが可能になる。コンサートの本番よりもリハーサルですごいことが起きたりもする。
そう、コンサートはあくまでも一種のフォーマットに過ぎなくて、そのなかで一緒に、みんなが自由になるという体験をしようとすることなんだと思う」

――クラシックでは楽譜の通りにしろとアカデミックな世界では教育されます。どんなに楽譜が読めて指の技術があっても、即興はできないのが普通です。そんな純クラシックの人たちに、どうやって即興をやるコツを伝えますか?

ソッリマ「自由になるためには、むしろちゃんとしたクラシックの教育が必要だというふうに思いますね。決してアカデミックな教育をぶっ壊そうと思っているわけではない。その重要性が分かった上で、もし自由になりたければ、足元を固めろよと思っている。クラシックの安定性は、その後自由になるための全要素を含んでいる。
即興はなかなか教えられるものではないが、自分の生徒にいつも言っているのは、古楽、特にバロックをやれということだ。ジャズではなくてね。あえてバロックを。なぜなら、バロックは60%は楽譜に書かれているが、残りの40%は自分の知識を使って、即興をするものだから。
たとえば1720~40年ころにフランス語で書かれた、ヨーロッパの音楽の装飾についての500ページくらいの本があるんだけど、それを見るとまるで即興とは自由なジャングルだなと思いますよ。17~18世紀の方法を学ぶことは、とても重要だ。そもそもクラシックが即興をしないなんていうのは、前世紀の話ですからね。いまはもうどんどんボーダーレスになって、あちこちで状況は変わってきているよ」

――あなたは、これまでのチェロからは考えられもしなかったような、特別な音をいっぱい出すことができるように感じます。チェロの持つあらゆる可能性を探求していますよね?

ソッリマ「チェロの中には世界そのものがあるんだ。楽器のなかに、いろんな色や音が無限に詰まっている。打楽器の音もあれば、ギターの音だってあるし、肉声もある。三味線の技術でチェロを弾いたこともありますよ。人間のファンタジーには限界はない」

※ジョヴァンニ・ソッリマの代表作で日本初リリースのアルバム「we were trees」の情報はこちら。 http://plankton.co.jp/474/index.html

2020年5月には再来日ソロ・ツアーが予定されている。 http://www.plankton.co.jp/sollima/

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